マネジャーの実像 はじめに・第1章 マネジメントが一番大事

2017年9月29日(金)
マネジャーの実像
はじめに
第1章 「マネジメントが一番大事」
担当者:3年 千葉・臼倉
2年 木村・八倉
【要約】
◎はじめに
 この本の著者であるヘンリー・ミンツバーグは、社長をしていた父親が職場で何をしているのか?という疑問から、1973年に5人の経営者に密着し、『マネジャーの仕事』という本を書いた。その30年後、2003年にマネジャーをしている妻が職場でどのような日々を送っているのか?という疑問から29人のマネジャーを観察し、今回の著書である『マネジャーの実像』を書いた。

◎マネジメントが一番大事
 マネジャーが何をしているのか知ること自体はたいして難しくないという。では、何が難しいのか。それは、マネジャーがとっている行動をどう理解するか。マネジメントという営みを構成する多種多様な活動をどのように理解するか。というマネジャーがなぜそのように動くのか、なぜそのように動いたのというようなことを理解することである。

◎マネジメントに対する私たちの理解
 1916年、フランスの企業経営者のアンリ・ファヨールの『産業ならびに一般の管理』によると、マネジメントとは「計画し、組織し、指揮し、調整し、統制すること」だと言われている。その60年後の1977年、カナダのモントリオールの地方紙に市長の役割とは、「市のすべての活動を計画し、組織し、指揮し、調整し、統制すること」だと書かれていたという。
しかし、マネジャーになった人に「マネジャーになって変わりましたか?」という質問に対し、ほとんどの人が「何も変わりませんでした」と答えたという。つまり、マネジメントは誰かに教わるのではなく、自分でやり方を見出すしかないという。

◎マネジメントをありのままに見るのを妨げる三つの神話を打ち砕く
 そこで、本書ではマネジメントをありのままに見るのを妨げる三つの神話を打ち砕く
という。.泪優献瓮鵐箸魯蝓璽澄璽轡奪廚箸亙綿である。▲泪優献瓮鵐箸魯汽ぅ┘鵐垢覆い掘∪賁腟蚕僂任△襦マネジャーは大きな変化の時代に生きている。

◎リーダーシップはマネジメントの一部
 近年、リーダーとマネジャーを別物と考えるのが大流行であるという。そのような人たちの主張によると、「リーダーとは、正しいことをする人間であり、変化に対応するのが役割」「マネジャーとは、ものごとを正しく行う人間であり、日々の面倒な雑務に対応するのが役割」だという。理屈の上ではたしかに区別することは可能であるが、筆者は区別するべきではないと述べている。
 なぜなら、マネジメントができないリーダーにはついていきたくないし、逆も然りだからである。リーダーはマネジメントを他人任せにしてはいけない。マネジャーはリーダーでもあり、マネジャーはリーダーでもあるというのが筆者の主張である。
 マネジメントとリーダーシップを切り離して考えるべきではない。もし、切り離してしまったら「みんなで取り組むべきこと」が「一人の人間が取り組むこと」に変質してしまうという。なぜなら、リーダーシップが強化されれば、それと引き換えにフォロワーという一段低い地位におとしめられてしまい、コミュニティー意識が薄れてしまうためである。ほんとうに必要なのは、自然にものごとに取り組める主体的な個人からなるコミュニティーを築くことであるという。

◎マネジメントは実践の行為
 マネジメントはサイエンスではないという。それは、サイエンスとでは目的が違うからである。マネジメントを成功させるためには、サイエンスよりアートの力が必要でそれよりさらにクラフトの力が必要であるという。なぜ、クラフトの力が必要なのかというと、マネジャーのもとに残る仕事は解決の糸口が見えないものばかりだからである。そのような問題を解決するには、クラフト(経験)により蓄積されてきた経験や直感のような力が必要とされるからである。
 マネジメントは専門技術でもないという。なぜなら、マネジメントの方法論にマニュアル化できる部分はほとんどないからである。しかし、暗黙知はたくさんあるという。つまり、マネジメントは実務の場で学ぶしかないのである。
 この著書でのマネジャーとは、【組織の全体、もしくは組織内の明確に区分できる一部に責任をもつ人物のこと】と定義している。

◎マネジメントの今と昔
 マネジャーの課題は変化しているが、マネジメントの仕方は変化していないという。そして、時代とともにテクノロジーも進歩してきた。そのテクノロジーの進歩がマネジメントの特徴に拍車をかけているという。


【ディスカッション】
本書では組織が成功するには、世の主流である概念リーダーとフォロワーという付き従う関係ではなく、主体的な個人の集合体である必要があるといわれている。また、我々のゼミにおいてもゼミ生個人が主体的に活動することで成り立っている、はずである。しかし、ある日の新ゼミ生選考に当たっての議論において、とても主体的とは思えないような議論がなされた。自分たちが選考する身であるにもかかわらず、意見を言わない人が全体の三分の二はいたであろう。
このような状況ならば私たちゼミ生で議論する意義がないため、以後新ゼミ生の選考は私たちのゼミの先生が一人で行う形式で行うほうがよいのではないか、という議題を持ちかけた。
まず、議論を始める前にフロアから質問があった。「新ゼミ生選考のどこが主体的でなかったのか。」というものだ。発言する人が特定の人のみで、他の人は黙っていたのでとても主体的といえたものではないと感じていたが、フロアはそうは感じていなかった。フロアの意見を一言に集約すると二種類に大別することができる。一つは、「既存の選考基準で納得していたため発言しなかった。二つ目は、主に選考を経験していない二年生からの主張で、「選考を経験していないため、既存のものでやるものだと納得していた。」この二つが理由で自分の意見を主張しなかったのだという。このように発表者の私たちとフロアの新ゼミ生選考に関する議論について思うところがずれていた。
また、この議題をすること自体ナンセンスだというフロアからの指摘もあった。「そもそも、私たちのゼミは主体的に取り組むことが前提になっている。そのためこの議題を議論した結果、先生一人で決めるというゼミ生の主体性が損なわれる選択をすることは起こるはずがないため、議論の余地がない。」というものであった。以上のようなフロアの意見が出たため上記の議題について議論することは叶わなかった。
この結果に対する私たちの考えを記す。既に納得していたため、自分の意見を主張しなかったことについては、たとえ納得していたとしても自分の意見を主張することは大切なことだと考えている。皆が何を考えているのか分からない状態で議論が進むことはあってはならない。それは議論と言えないと考えた。また、私たちのゼミでは「発言しない者は、いないも同然。」という考えがある。新ゼミ生選考に対して何も意見表明しないのなら、ゼミ選考に参加しない(いない)も同然と考えることができるのではないか。せめて、同意だけでも示すべきというのが私たちの考えだ。
次に、議題自体がナンセンスという意見について私たちの考えを記す。この指摘については確かにその通りである。しかし、私たちの意図としては本当に先生に選考を任すか否かについて議論するのではなく、その議題について議論する中で私たちが新ゼミ生を選考する意味や責任、構えを再認識するため、また、選考が始めてとなる二年生がどのように選考に望むのかを理解するための議論となることを仕掛けたつもりであった。
ディスカッションのまとめとして、議題に対する議論はできなかったが、新ゼミ生の選考基準に全員が納得している事実を再確認することができた。

8月7日「〈インターネット〉の次に来るもの―未来を決める12の法則」第11章 QUESTIONING/最終章 BEGINNING

〈第11章 QUESTIONING 要約〉
 現在、かつては不可能だと思われていたことが可能になってきている。ありえないことに満ちているこの状態は、まるで白日夢のようで、筆者はこの白日夢をインターネットと呼んでいる。いまこの瞬間にオンラインにいる人々のことを想像すると、すぐに答えを得たり、調べ物をしたり、応答したり、自分の考えを投稿したりと、生産的な方法で自分の考えに取り組んでいる。この新しいあり方は、結論のない一つの疑問に加わっていることとなっている。
 科学のパラドクスにおいて、より多くのツールでより多くの解答が得られると、いっそう多くの疑問が生じるように、われわれは発明することで、自分たちの無知の中を覗き見ることができる。そして回答が潤沢にあれば、新しい質問が増えていく。質問を生み出すものは、われわれ人類が絶え間なく探検する新しい分野を生み出す原動力となっていくだろう。質問することとは、答えることよりも力強いものになるのである。

〈最終章 BEGINNING 要約〉
 われわれの人生が乗っかっている新しいプラットフォームは、ホロス(全人類の集合的知能と全マシンの集合的行動が結び付いたもの)を使うことで強化されている。この新しいプラットフォーム上ではあらゆる所で相互接続がなされている。それは一見すると社会の自然な延長に見えるが、われわれは今、非連続性のエッジにいる。つまり〈始まっていく〉プロセスの中にいるのである。本書で述べられてきた12の法則への移行は〈なっていく〉プロセスの第一歩を踏み出したにすぎないのである。
 筆者は、超生命体が出現することで「シンギュラリティー(そこから先は未知のフロンティアが広がるその境界)」の強いものと弱いものが予想されるとしており、その2つのうち、弱いシンギュラリティーの方があり得る話だとしている。筆者の述べる弱いシンギュラリティーとは、われわれの創造物がわれわれをより良い人間にする領域であり、一方でわれわれ自身がその創造物なしでは生きられなくなる領域のことである。この相転移はすでに起こっているが、今よりもより移行は激しくなるだろう。〈始まっていく〉ことはまだ始まったばかりなのである。

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〈ディスカッション〉
テキストp.390には「本書で述べたテクノロジーの数々もすべてが合体し―つまり人間にマシンが加わって」「われわれをより良い人間にする」とあるが、その一方で「われわれ自身がその創造物なしでは生きられなくなる」ともある。今回は、本書の総括として今までの12の法則を考慮し、以下の手順でディスカッションを行った。(※ビカミング〈なっていく〉とビギニング〈始まっていく〉は未来のことなので考慮しない。)

〆2鵑離妊スカッションでは、「より良い」を「効率の良い」と置き換え、現時点で、われわれが創り出したマシン・創造物にはどのようなものがあるかを挙げる。
また、そのマシン・創造物にはどの法則が含まれているかも挙げる。

⊂綉の,乃鵑欧燭發里法△匹Δい辰新舛濃弔蠅遼‖Г鯤笋辰討い韻佗者の述べる「本書で述べたテクノロジーの数々もすべてが合体」することができるのだろうか。

 、┘ッコ内は含まれている法則
・メーリングリスト(シェアリング・アクセシング・スクリーニング・フローイング)
・Wikipedia(リミクシング・シェアリング・スクリーニング・アクセシング)
・SNS(シェアリング・アクセシング・スクリーニング・フローイング・トラッキング・フィルタリング)

⊂綉で挙げたものの中から、ゼミにおいても活用している「メーリングリスト」に残りの法則を補う。
・フィルタリング:さらに検索条件を綿密にする。レコメンドが行われるようにする。
・トラッキング:就職活動報告メールにおいて、今まで先輩方が受けてきた企業の情報をさらに詳しく追跡できるようにする。
・インタラクティング:課題を提出する時期をマシンが覚え、時期が近付いたら通知が来るようにする。
・リミクシング:就職活動報告メールにおいて、今まで先輩方が受けてきた企業ごとに区別されるようにする。
・クエスチョニング:レコメンドが出るようにする。(マシンから質問が来るという意味で)
・コグニファイング:どのようなタイプの人が、どういった企業に興味があるのか認知できるようにする。

 今回のディスカッションではメーリングリストについて筆者の述べる法則を補っていったが、よく考えると工夫すればできるところまで近づいていることが分かる。しかしまだ技術的に追いついておらず、実現できていないのが現状である。

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 もし今回のディスカッションで挙げられた残りの法則が実現すれば、われわれはそれなしでは生きていけなくなるのだろうか。本書で述べられてきたことは、すべてこれから起こりうることを筆者が楽観的に記しているものではあるが、実際に現実では本書で述べられていた法則は実施されている。外れてしまうこともあるだろうが、これから先、5〜10年の指標にはなるのではないだろうか。

いいむら(3年)



8月7日 「<インターネット>の次に来るもの―未来を決める12の法則」 第10章 TRACKING


【要約】

自己測定という言葉を耳にしたことはあるだろうか。これは、温度計や心拍計、動作追跡脳は検出などを用いて自己を測定することだ。はっきりとしない自分の隠れた性格の仮面を外すべく、一部の人たちの間でこうした崇高な探求が始まった。かつては、様々な面でコストがかかったこの自己測定も簡単になってきているという。

個人を測定することは例えば医学の世界では非常に有益なものである。個人にフォーカスした、個人の基準値を長期的な測定で割り出すことができるのだ。その結果は、その他多くの人には効果的でないかもしれないが、自分にとっては最高の効果が見込めるものとなる。このように他の多くのことを長期的に自己定量化することで、自分の数値が確立されそれが比較対象として有効的に機能するのだ。

自己を定量化することは健康分野のみならず、さらに応用が可能であると言われている。人生のすべてをトラッキングし、残すことが可能になるのだ。まさに、自分の電子版人生が作成されていく。そうしたデータは記憶を助け、他人のそれと混じり合うことで今では考えることのできない多くのことが可能になるだろう。

こうした意識的なトラッキングだけでなく、意識されることもなく活発でもないライフログというトラッキングも行われるようになる。ライフログは無意識的にトラッキングが行われるため、なんのバイアスもなく、一生涯記録される受け身型のトラッキングと言うことができる。ライフログの活用法としては、それが必要になったときに巻き戻して呼び戻し確認することができる。あくまで意識下にいないため、必要になったら呼び戻すのだ。

トラッキングはIOTによって、物の分野においてもトラッキングが行われていく。世の中には多くのデータが生み出され、トラッキングの流れを止めるものはない。こうして社会は相互にトラッキングされることで共感視され透明的な社会になっていく。現在であれば、誰に見られ誰を見るかなど決まりはなく、私と相手の関係性は曖昧で非対称であった。しかし、共感視によりそうした次元を超えていくことになる。すべてが透明になることが可能になる。人々もまたそうした世界を望んでいる。人はプライベートよりシェアして自分を開示していきたいのだ。

人や物、世界がトラッキングしていくことで、データはさらにあふれていく。そのデータをAIが処理し、原始的な単位まで分解し再構成することで新たな化合物を生み出す。そうした化合物の素材が世界中にシェアされ新規プロダクトや革新的サービスが世界に誕生していくのだ。


【ディスカッション】

テーマとしては、ゼミ生がすべてをシェアする透明化社会を受け入れるのかというテーマのもとディスカッションを行った。
技術的に世界が共感視され透明化社会になることが可能になることは理解できた。しかし、それを物理的世界で生きている人間が受け入れるのかに疑問を覚えこのディスカッションを行った。
具体的には、すべてをシェアすることを受け入れる派か、プライベートな部分は持っていたい派に分かれてそれぞれ意見を言うことで進めた。

シェア派の意見として、友人の予定を知ることができる。相手の暇な日を知ることができる。リアルタイムで何をしているか分かるなどが挙げられた。一方、プライベート派は予定を知られたくない。今の状態で満足。常に見られているため行動が制限される。過去や現在の見られたくない部分も知られてしまうなどの意見が挙げられた。

意見から分かることは、シェアに対する個人の価値観で意見がぶれてしまったことだ。これは筆者がシェアの制限をし、その場合のメリットデメリットなどを指定しなかったため、個人のイメージによった回答になってしまったと考えられる。

この議論に対する筆者からの一つの提言としては、プライベート派の方々!とは言うもののトラッキングを可能にする世界を作っていますよね。という言葉をお送りしたい。例えば、ツイッター、インスタグラムなどで情報をばらまくことは、トラッキングの材料になるという意識はないかもしれないが、確実にトラッキングを可能にするデータを蓄積していることになる。本の著者であるケリーが言っている人間がシェアを望むとはこのことだろう。無意識的にシェアをしているのだ。多くのツールが誕生したことで。

今後世界がトラッキングされていく中で課題としては、トラッキングをどの程度まで行うのかであろう。今回のディスカッションからも、トラッキングに対する個人の考え方でシェア派かプライベート派かに分かれてしまった。この問題はゼミ生から世界にレイアを上げた時も課題として存在する。技術的に可能になっていくトラッキングを、どんな新しい社会規範で制御していくのか。トラッキングの将来像はこの部分に起因して形を変えたものになっているだろう。

ちば(3年)

7月28日 「<インターネット>の次に来るもの−未来を決める12の法則」 第9章 INTERACTING

【要約】

 仮想現実(VR)は作り物の世界だが、完全に本物のように感じ、まったく違う世界に没入する。それこそがVRの目指しているもの現在のVRは3DのIMAX映画とホロデックの疑似体験の間にある。しかし、VRは均等に行き渡らず消えていった。現実に十分近いと言われていたが、常に十分ではないためだった。そして、スマートフォンの成功により、スクリーンの品質が向上し、安価で使用可能で、VRのスクリーンが頭や手や体の位置を検出するのに使用された。現在のVRの急速な進歩には、プレゼンスとインタラクションが関係している。そのため、現在のVRはよりリアルになってきている。しかし、プレゼンスがウリになるとしても、VRの効果はインタラクティブから生まれる。VRの中では、そこに出てくる他人との関わりが持てることで、 他人に興味を持ち深いプレゼンスを感じる。こうした目標のために、トラッキングセンサーを利用し、目の動きを追うことで両世界の視線をシンクロさせる。そうして視線が集まった時間をトラッキングすることで、注目された場所を解析できる。
 現在、アナログからデジタルへの急変化が起きている。楽器にマイクやカメラ加速度センサーを埋め込めば、少々身体的なインタクラションができる。そうして、私たちの皮膚の上に乗るものはウェアラブル(Wearable)と呼んでいる。例えば、グーグルグラス、アップルウオッチが挙げられ、情報を読んだり、健康管理したりしたことができる。これから10年で、インタラクションできるものはますます増え続ける。その動きは次の3つに牽引されていく1)より多くの感覚 2) 親密さを増す 3) 没入感を増す。
 近年、最大限のインタラクションに最大限のプレゼンスが加わったものとして、野放しのテレビゲームユーザーとのエンゲージメントがシナリオに織り込まれた古典的なシューティングゲームが挙げられる。それらは、複数用意されたオープンエンドのアーキテクチャーである。これらの世界は、論理的な思考では本当の世界ではないとわかっているのに、理性以外の部分は信じている。このリアリズムが次に目指すのはVRのインタラクションによって完全に没入し、我々がインタラクションに強く求める者は際限がないこうした大規模なビデオゲームは、新しいインタラクションの草分けである。
 VRの世界では、そこで起こることすべてが例外なくトラッキングされる 未来のVRの生活では、音響やリアルタイムのにおいまでリアルな体験ができる。さらにVRは、作り出す強いプレゼンスによってお互いに矛盾する2つの特徴が増幅され、嘘の世界を本当のものだとみなすといったもう一つの恩恵をもたらす。しかし、問題点も挙げられ、オンラインの他人が本当のリアルな人物なのか特定することが難しくなっている。それを防ぐためには、自分の特徴をVRに溜め込み、自分自身がパスワードになることが大切である。つまり、我々のインタラクションがパスワードになっていくのだ。インタラクションの程度は向上してきて今後ますますその傾向が強まり、インタラクティブなものは社会でますます価値を高める。

【DP】 
本書で未来のVRのセキュリティーに関しての問題点が挙げられていた。そこで現在人々から使われているVR・ARの問題点が無いのかを見つけ出し、それらとより良いインタラクションしていくためには何が大切か議論を進めていった。(誰もが1度はやったこと・見たことがあるだろうAR「ポケモンGO」を事例に)
AR(ポケモンGO)の長所・面白さを挙げる 
ゲーム内 ・ゲームの世界に入り込める ・実際に手に持っているように感じられる ・スマホで手軽にできる ・ポケモンの反応が楽しめる 
社会的 ・外に出る人が増える ・経済効果 ・知らない人とのコミュニケーション など
短所・問題点を挙げる
ゲーム内 ・ストーリー性が無い ・同じキャラクターしか出ない ・単純作業 ・ユーザーとの相互作用がそもそも少ない 
社会的 ・歩きスマホ ・地域格差 ・個人情報
その問題中で最も改善すべきものは、そしてその問題を解決するために必要なもの・システムとは
「ポケモンGO」は現在配信当初の2割の人しかやっていない→ゲーム内の問題が大きい。さらにゼミ生は、ストーリー性が無い・単純作業・同じキャラクターしか出ない、そもそもユーザーとの相互作用(インタラクション)が無いことでやめてしまった。では、どのように改善すればまた、もともとのユーザーを獲得できるのかを議論した。アイデアとしては問題点の解決策にもなる、捕まえる上でのストーリー性の重視・通信機能の搭載、キャラクターの種類を定期的に増やす、ターゲットを明確にし取る際に工夫を促す機能を搭載する、ユーザー各々に合わせたストーリーやキャラクターの搭載が挙げられた。これらのシステムを搭載することで少しでもユーザーを獲得でき、より良いユーザーとのインタラクションができるのではないかという結論が出た。

これらより、現在でもインタラクションしていくものに多くの問題点があることが分かった。今後価値を増すインタラクションがより良いものにする為に、改めて現状を見つめ直すことも大切だろう。

ほそだ(3年)

7月14日 「〈インターネット〉の次に来るものー未来を決める12の法則」 第8章 REMIXING

【要約】
 リミックスするとは、既存のものを組み合わせて新たなものを生み出すということである。さらに、リミックスによって生み出されたものを再びリミックスし、さらに新たなものを生み出すことで、可能な組み合わせは幾何学的に増加していくのであるという。
 そんな中、現代は新しいメディアの黄金期にあるという。これまでは、古い分野のメディア同士を掛け合わせ、新たな分野のメディアを生み出してきた。しかし、時代が進みデジタルテクノロジーが進化したことで、現在は新たなやり方で組み合わせができるようになったのである。それが、リスティクルやTwitterである。メディアの選択肢が増加し、リミックスできる幅が広がったことで、ジャンルやサブジャンルが爆発的に多様化してきたのである。今後、もっと大規模なリミクシングが進んでいくという。
 安価でどこにでもある創造のツールの影響でメディアの非対称な構造が変化してきているという。筆者はこれを動物界と映像界を例に使っている。動物界の象徴はトラだと思われがちである。しかし、統計的に考えるとバッタこそが動物界の王様なのである。それと同様に映像界では、ハリウッド映画が象徴のように思える。しかしながら、実際はYouTubeやインディーズ映画のほうが、リミックスによって製作が簡単になり、われわれの文化の中心(アテンションの総量で評価)になっているのだという。
 伝統的な撮影は、シーンごとに撮影され、山ほどの撮影シーンから1本の映画を組み上げてきた。しかし、技術が進歩し、デジタルテクノロジーでは、画面が流動的に扱えるようになった。そうすることで、映画のシーンはいくらでも変えられるものとなった。シーンは撮られるものではなく、文章のように組み上げられるものとなったのである。ジョージ・ルーカスのスターウォーズもこのようにして作られ、最終的に手を加えられていないコマは一つもなかったという。
 イメージ作成の巨大な集合精神(ハイブマインド=SF世界の言葉、個性や自我が失われた状態、自ら思考することなく、手段生活を営む)で言えば、写真の世界では近いものが起きているという。想像できるものは何でも写っており、探すイメージが無くて困るということがないという。自分の動画や映画に同じようなイメージを使いたいとき、新たに撮影する必要がないという。そこから使いたいイメージを探し出せばよいのである。映画の撮影方法も変わってくるという。しかし、映画が簡単にできるようになっただけでは十分ではないという。真のリテラシーを得るには、イノベーションとテクニックの積み重ねが必要であるという。
 そもそもリテラシーとは、知識を活用して問題を解決することである。文章のリテラシーとは、文章を構文解析して操作するものである。今後は、動画でも同じようなことができるようになるという。そして、視覚的リテラシーとは、映画に出てくるどんなシーンでも注を付けられるようになることである。視覚リテラシーにとっての聖杯(かくことのできないもの)は、発見可能性である。このような発見可能性に加えて、現在メディアの中で起きている革命的な動きと言えば「巻き戻し可能性」である。
 今後、組み替えることこそがイノベーションの唯一の源泉であるという。ただのコピーではなく、オリジナルから何かが変わったということでる。これから30年間で生まれる最も重要な文化的作品は、最もリミックスされたものである。

【ディスカッション】
本章で「スクロールして戻ることが確実になり、深い体験ができるようになれば、未来の生活観が変わるだろう。」とある。私たちはここから、一回しかできないからこそ経験できるものがあるのではないかと考えた。では、中野ゼミでは『やり直し巻き戻し可能性』について肯定なのか、否定なのかを議論していく。
 ディスカッション前は肯定:17人、否定:4人という結果になった。

➀一回しかできないこと、やり直し巻き戻しができることの違いを話し合う。
一回:やり直しができない分緊張感を持つことができる、その時その時を全力で生きる、やり直しや巻き戻しにかける時間を短縮できるということが挙げられた。
やり直し:何回もできる分理解が深まる、一回目とは違った観点から物事を見ることができる、気づかなかったことに気づけるということが挙げられた。

➁上の議論を踏まえた上で、日常的体験(大学生活)がどう変わるのか。
間違いをなくせる、もともと体験しようと思わなかったことも体験しようとするというメリットも出た。しかし、授業の質が落ちる、今を体験する時間が減るというデメリットも挙げられた。

上の議論を踏まえた上で、非日常的体験(旅行)がどう変わるのか。
昔の経験を思い出せる、とりあえず行ってみる、苦手を克服できるというメリットも挙げられた。しかし、同じ場所に行かなくなる、写真を撮らなくなるというデメリットも挙げられた。

 このディスカッションの結果から最終的に肯定:17否定:4となり、中野ゼミは『やり直し巻き戻し可能性』に対して肯定ということになった。肯定側の要因としては、好きな時に使える、思い出を振り返ることができる、理解がより深まるということが大きかったようだ。しかし、今という時間がおろそかになってしまうという懸念もあるということも忘れてはいけない。
筆者が述べているように『やり直し巻き戻し』は不可避である。今後、この流れを受け入れ、活用し、生きていくのだろう。

うすくら(3年)

7月7日 「<インターネット>の次に来るもの−未来を決める12の法則」 第7章 FILTERING

<要約>
 今の時代、大量の新しい作品が毎年創造されている。今はそれが簡単に手首をひねるような仕草で「万物のライブラリー」を手元に呼び出すことができる。また、様々なものでデジタル化は進んでいる。デジタル化によって人間は創造活動を広がっていった。その結果、人生の時間内では確認できない程無限の選択肢が生まれている。それをある程度満足のできるものに限るのがフィルターなのである。フィルターの種類はゲートキーパ、仲介者、キュレーター、ブランド、政府、文化的環境、友人、われわれの8種類がある。しかし今後他にも増えていくだろうとされている。理想のフィルターとしては3つある。1つ目は、自分の好きなものを手元に届けてくれるレコメンド・エンジンと呼ばれるフィルターが存在する。これは自分の過去の行動などにより、おすすめを提示してくれるものである。しかしこれには好きなものだけに限定してしまうフィルターバブル(過剰適合)と呼ばれるもの陥ってしまう可能性がある。これを避けるために自分の好みから少しずらして提示してくれるものもある。2つ目は友人たちによって自分の知らないものを知らせてくれるものである。しかしこれには友人と好みがほぼ同じになってしまうようなエコーチェンバー現象に陥ってしまう可能性がある。3つ目は、好きではないけど好きになりたいものを提示してくれるものである。こうしたフィルターは自分で登録するものではなく、プラットフォーム側がインストールするものである。

 私たちは何をどうフィルタリングするべきかについて初期段階にいる。今後自分たちに合ったもの(パーソナライズ)が進んでいくだろう。しかし、どんなフィルターでも良いものを切り捨ててしまう。フィルターされることによって自分たちの認識できる範囲が限られてしまうのである。毎日無数の選択肢が生まれている中でフィルターは必要であり、変わっていく必要もある。フィルターから今後逃げることは出来ない。

 コンテンツ側から見れば、フィルターは人間の注意に注目している。ハーバート・サイモンは、「潤沢な世界において、唯一の希少性はアテンションである。」という。アテンションについてテレビなどの例を挙げるが、質も高いアテンションと低いアテンションがある。高いものは、そのテレビの情報が購買に繋がったりするようなもの。低いものはただテレビを見ているだけのようなものである。グーグルやフェイスブックはこのような低いアテンションを高いものに変えようとしている。過去の情報から読者が関心を持っていることや、読んでいるものに合わせた情報を提供しているのである。

 フィルタリングの進んだ要因はモノの低廉化のことが言える。低廉化が進み価値が低くなっていく中で本当に価値のあるものとは何なのだろうか。それは経験である。経験とは、人間の雰囲気を感じ取ることなどのことである。つまり機械には代替できない。

 今後われわれが新しいものを作り続ける限り、さらなるフィルタリングは不可避である。新しいもので重要になるのは、フィルタリングやパーソナライズの新しい方法であり、それがわれわれをより自分らしくしてくれる。

<ディスカッション>
 本章で「どんなフィルターでも良いものを切り捨てしまう。」とあるが、それは本当なのか。まず、フィルターはプラットフォーム側が決めたフィルターの利点と欠点を挙げてもらう。次に、自分で理想のフィルターを決めることができたら、どのようなフィルターを作るのか(フィルターの要素)についてアマゾンのレコメンド・エンジンを基に話し合っていく。

〕点
過去の情報から最新作や欲しいようなものを提示してくれるため、探す手間がなくなる。また、おすすめが出てくるので他の人がどのようなものを買っているのか(人気情報)が分かる。関連商品を提示してくれるため、必要なものが分かるなどが挙げられた。

欠点
自分以外の家族などのものを買っても、そのものがお勧めに出てきてしまう。個人に一般的な情報が合わない。頻繁に買わないものでも表示される。欲しそうなものが提示されるため買い過ぎてしまう。自分のサイズに合わないものがお勧めされるなどが挙げられた。

 ,鉢△ら自分で理想のフィルターを作るなら要素をどのようなものにするか議論する。
個人以外の情報について分別してくれる。より自分の入力を増やしカスタマイズを高度にする。表示されるものについて金額でお勧めに表示するしないを決める。(高価な買い物は頻繁に行わない)消耗品について買う頻度や消耗期間を調べ、それに合わせてお勧めに提示してくれる。お勧めについて指標を入れるということが挙げられた。

 このディスカッションの結果から、企業の決めたフィルターには利用者の求めるものが全て含まれているものではない。フィルターは利点もあるが、利用者の私たちからしたら欠点の多いものである。しかしで挙げたように自分たちでフィルターを作ろうとして要素を挙げたものを全て叶えてしまったら、フィルターバブルに陥ってしまう。そのため、私たちのフィルターバブルに陥らない程度にフィルターに必要な要素はより自分の入力項目を増やしサイズや外部要因(家族形成など)をふまえた上で、おすすめの指標によって提示される要素を含めるフィルターが必要であると考えた。

おの(3年)

6月23日 「<インターネット>の次に来るものー未来は決める12の法則」 第6章 SHARING

<要約>
 インターネットの普及により誰もが誰かと常時につながることができ、このグローバルな熱狂によりテクノロジー版社会主義が進行している。ここで書かれている社会主義は、生産手段を持った大衆が共通の目標に向かって働き、プロダクトを共有し、自分の労働を賃金の対価なく提供し、成果物タダで享受している新しい社会主義のことである。新しい社会主義の経済的な側面を「シェアリングエコノミー」と呼んでいる。インターネットの上では国境がなく、コミュニケーションのネットワークが広がりそこから形のないサービスが生み出されている。その生み出されたサービスはシェアされ、共有している。

 サービスを提供する人が無償で働く理由は学んで新しい技能を身につけるためである。サービスだけでなく、適切なテクノロジーによって正当な恩恵を受けることができるようになれば、やがてお金や健康、心の奥底の不安といった共有不可能とされていたもの全てを共有することになると述べられている。シェアの力が謙虚に現れた例として、グーグル、ツイッター、フェイスブックが挙げられている。3社に共通しているのが、利用者のボトムアップの力を利用している点である。しかし、利用者のボトムアップの力だけでは不十分でトップダウンの力も利用したハイブリット型が良いと述べられている。ここではワイアード社とウィキペディアの例で説明されている。2社ともユーザーのボトムアップを利用しているが、自社で編集をした記事を掲載したり、特定のユーザーしか編集できないようにしたりとトップダウンの力も利用してサービスを維持していると述べられている。群衆の力を使うボトムアップのサービスは参入障壁が低くビジネスを始める際には最良の方法であると述べられている。ボトムアップとトップダウンの理想のパワーバランスは、小規模のトップダウンと大規模なボトムアップと述べられている。

 インターネットが普及しデジタル時代になると、ちゃんと評価されなかったり忘れ去られたりしていたものもベストセラーを見つけるのと同じぐらい簡単になると述べられている。オーディエンスこそが王様の時代になったと表現されている。実際に、キックスターターやキバといったサービスが普及し、今まで直接投資したり繋がることができなかったのが、デジタル時代によって可能となり、オーディエンスの力がクリエーターに直接投資するという形で反映されるようになった。クラウドソーシングを使用することでコラボレーションだけでなくコンペティションの力も利用できると述べられている。コンテストの形式をとり、オープンなプラットフォーム上で目的に合ったベストなモノを提供した人に賞金を出すようにすることで、参加者同士でより高め合いが起き、その中で出たベストなモノを提供した一人にだけ賞金を出せばよいので、予め1人に選定し同額の報酬を払うよりも優れたものが手に入ると述べられている。群衆の力を利用したサービスは探究し始めたばかりであり、今後シェアされてこなかったものをシェアし、新しいシェアのやり方を考えることでその価値を増すことができると述べられている。

<ディスカッション>
本章では、シェアリングエコノミーのサービスを提供している企業が事例としてあげられていた。しかし、UberやAirbnbなど日本でものシェアリングエコノミーのサービスが普及しているが、日本ではあまり使用されていなく浸透していない印象を受けた。そこで、C2Cのシェアリングエコノミーのサービスを利用するメリットとデメリットを利用者側の立場からそれぞれ意見を出してもらい、その出てきた意見を考慮した上で、C2Cのシェアリングエコノミーのサービスを利用するのに肯定派か否定派かを議論した。今回、シェアリングエコノミーのサービスを「モノのシェア、移動のシェア、場所(スペース)のシェア、リソースのシェア」の4つに分類して考えてもらった。

➀メリット
既存のモノよりも企業を介さないので安くできる、都合のいい時に使いやすい、所有しなくても使いたい時に使える、サービスの融通が利くので個人的な要望を叶えられるなどが挙げられた。

➁デメリット
企業を介さないので信用性や安全性が不安、直接顧客とやり取りするので、個人情報が流出する恐れがある、価格の設定基準が曖昧、トラブルがあった際の処置が不安などが挙げられた。

➂➀、➁の意見を考慮し、利用するのに肯定的か否定的なのか議論する
シェアリングエコノミーのサービスを利用したくない人の理由として、安全性の面での不安や、周りに利用している人が少ないことでの不安、トラブルに合った際の責任への不安などの主張が挙げられた。一方、シェアリングエコノミーのサービスを利用したい人の理由として、料金を安くできることや使用することへの参入障壁が低く使い始めやすいことなどの主張が挙げられた。しかし、シェアリングエコノミーのサービスを利用するのに肯定的な人否定的な人両方に共通して多かったのが、モノのサービスは使用したいが移動のサービスは使用したくないといった、部分的に使用したいサービスと使用したくないサービスがあるという意見である。全てのシェアリングエコノミーのサービスを利用するのに否定的な人は少数であることが分かった。

 このディスカッションの結果から、シェアリングエコノミーを利用したサービスは、普及初期の段階だと安全面や責任面での不安からシェアリングエコノミーのサービスに対して肯定的な人しか使用しないかもしれないが、使用者が増えていくことで法整備が整っていき安全面での対策などがなされていくと、シェアリングエコノミーのサービスを利用するのに否定的だった人でも、利用していく人たちが徐々に増えていき、利用者が増えることでシェアリングエコノミーの様々なサービスが日本でも普及されていくのではないかと考えた。

のきぐち(3年)

6月16日 「<インターネット>の次に来るものー未来は決める12の法則」 第5章 ACCESSING

<要約> 
 今の時代、「利用するものを所有する」ということが年々少なくなっている。所有することが昔ほど重要ではなくなっている、一方でアクセスすることがかつてないほど重要になってきているのだ。そこで、所有から離れ、アクセスへと向かう長期的な動きを加速させる5つのテクノロジーについて述べられている。 まず、非物質化である。デジタルテクノロジーは、製品からサービスへの移行を促すことで非物質化を加速させる。なぜなら、サービスはそもそも流動的で物質に縛られないからだ。そして、サービスは所有することは気をくじかせる。2つ目が、 リアルタイムのオンデマンドだ。アクセスすることは、新しいものをほぼリアルタイムで届けることにもなる。アクセスすることはレンタルすることと大して変わらない。レンタルが盛んになるのは、多くの用途において、買うより優れているからだ。しかし、レンタルの不利な点として、物理的な製品がライバルとしての性質をもっていることがある。3つ目に、分散化である。中央集権的な組織からフラットなネットワーク型の世界に移行したが、唯一の例外がお金である。そこで、お金を分散化したビットコインというものが生み出され、それを可能にしたイノベーションが「ブロックチェーン」だ。 4つ目にプラットホームの相乗効果がある。これまでは人間の仕事を体系化する第3の方法としてプラットホーム現われた。プラットホームはそのほとんどすべてのレベルでシェアすることがデフォルトとなっている。しかし、所有からアクセスへの移行には犠牲も伴う。所有権によって保持できるのはその利用を変更したりコントロールできる権利だ。この変更する権利は、人気のデジタル・プラットホームに唯一欠けているものだ。最後にクラウドがある。ウェブはハイパーリンクの張られた文書だが、クラウドはハイパーリンクされたデータである。クラウドはそれが大きく成長すればするほど、それを使う端末が小さく薄くなっていくことだ。クラウドがすべての仕事をこなしてくれるので、われわれが使う端末はただそれを見る窓となる。これらテクノロジーの進歩によってコミュニケーションと計算力のコストが下がり続ける限り5つの傾向は不可避である。そして、これらをいっぺんに進めていくとアクセスは所有にとって代わり続けるだろう。

<ディスカッション>
 本書では、「同じものをリアルタイムでレンタルできたりリースできたりライセンスが得られたりシェアできたりするなら、所有する必要はどこにあるだろう?」と言われている。しかし、これは形を持たない商品やサービスについてであって、形ある商品については述べられていなかった。そこで、形ある商品である車を事例に、同じものをリアルタイムでレンタルできたりリースできたりライセンスが得られたりシェアできたりするなら、所有する必要がどこにあるのか、それとも所有する必要はないのかディスカッションを行っていくことにした。手順として、まず、所有とアクセスのメリットを列挙し、そこで挙げられたメリットから車は所有とアクセスのどちらかがいいか議論を行った。

―衢とアクセスのそれぞれのメリット
所有することのメリット
いつでも確実に使える、所有における満足感を得られる、人が使ったものを使いたくない、自分にあったものを制限なく使える。
アクセスすることのメリット
維持費がかからない。安価で利用できる。いろいろなものをお試し感覚で使うことが出来る。
という意見が出た。

⊂綉で挙がったメリットをもとに車を例にとり、車は所有するかアクセスどちらが良いか。
所有派の意見
改造することが出来る。ナンバーへのこだわり。もし何かあったときに資産となる。いつでも自分の好きな車に乗れる。
アクセス派の意見
税金・車検などのコストが減る。こだわりがなければ車があればいい。一台だけだと使い道が限られる。
といった意見が出てきた。
 ゼミ生の結論としては、やはり形あるもの(特に車)に関してはいまだに所有という考えは多くあった。しかし、車にこだわりがなければアクセスでいいなど形ある製品というのもだんだんとアクセスへと向かっていると考えた。

つばき(3年)

6月2日『<インターネット>の次に来るもの―未来を決める12の法則』 第4章 SCREENING

<要約>
 現在、われわれはスクリーンの民である。家にいるときも仕事をするときも街中でも、50億を超えるデジタルスクリーンが私達のすぐ目の前に存在している。しかしこのようなスクリーンに囲まれた世の中になる以前は、本による読み書き文化が発達していた。本によって作り上げてきた文化をスクリーンはいとも簡単に塗り替えてしまった。スクリーンはダイナミックであり、流動的である。また、スクリーンに表示されるものはそれ単体で成立することはなく、他の何かとの間にリンクが相互に張られ、それらはリアルタイムに生成され続ける。そのため、スクリーンには読み終わるという行為が存在しない。このように現在は非常に早いペースでスクリーン化が行われてきているが、こうしたスクリーン化に対する懸念点も存在する。それは、往年の読み書きスキルが死に絶えてしまうということや法律書への敬意が薄れてしまうこと、本や図書館など既存のものがスクリーンによって変容させられてしまうのではないかということが主に挙げられる。

 従来の本というものは、ページの束で、掴めるように背表紙が付いているものであったが、現在はこのような紙を束ねたタイプのものは消滅しつつあり、タブレットやキンドル、スマートフォンなどによって代替されてきている。このようなデジタル本によって、いつでもどんなスクリーンにも流れ込むことができるようになり、現時点での問題点として原テキストの流用可能性が大きいとあるが、将来的には原テキストはすべて解放され、注付けやマーク、相互参照、シェアなどが可能になるとされている。こうしたことから、未来的には今までのすべての本がお互いにリンクされ、すべての本が織り込まれた巨大なメタレベルの本となり、「ユニバーサルな図書館」になるだろう。ユニバーサル図書館ではすべての新聞や雑誌、ジャーナルに書かれたもの、古今東西のあらゆるアーティストが生み出した絵画や写真、映画、音楽、すべてのテレビ番組やラジオ番組、CM、今では消されてしまった何十億のウェブページや何千万のブログポストなど、人間によって記録ということが行われるようになって以来のすべてのものが、全言語で、全人類に向けて解放されるようになるだろう。以前ならばこのようなユニバーサル図書館を作るためには町の図書館ほどの大きさの建物がなくては収容しきれなかったのだが、デジタル化が進んだ数年後の未来には、これらすべてを私達の持つスマートフォンほどの大きさで収まりきるようになるだろう。

 ユニバーサル図書館が実現され、世界中のすべての本がスマートフォンほどの大きさに収まりきった未来に起こるとされることが四点挙げられる。それは、今まで読者がいなかった作品にもリンクによって読者ができるという点、歴史への理解が進むという点、すべての作品が網羅されることによって、今まで知られていなかった集合的無知による空白地を見つけることができるという点、従来の検索プラットフォームとは異なる、文化的な生活のプラットフォームになるという点といった四点である。ユニバーサル図書館に収まらなかった本は、次第に息絶えていく。ユニバーサル図書館にあるものがすべてなのだ。そのため、本とスクリーンの衝突は、スクリーン優位で進んでいくだろう。こうしてスクリーン化が進んでいくと、私達にとってスクリーンはなくてはならない存在となる。私達は常にスクリーンを注視するようになるが、その一方でスクリーンも私達のことを注視するようになるのである。スクリーンは行動のデータベースを記録し、自己像を形成する。そのため、近い将来に私達はスクリーンから離れて暮らすことはできなくなるだろう。生活のすべてにおいて、スクリーンは必要不可欠なものとなっていくのである。


<ディスカッション>
 本書ではブルースター・ケールによって「ユニバーサル図書館は実現できる」と言われている。しかしこのユニバーサル図書館では、すべての新聞や雑誌、ジャーナルに書かれたもの、古今東西のあらゆるアーティストが生み出した絵画や写真、映画、音楽、すべてのテレビ番組やラジオ番組、CM、今では消されてしまった何十億のウェブページや何千万のブログポストもすべて見れなければならない。しかし現状においては、このようなユニバーサル図書館を実現させるためには非常に多くの問題点を抱えていると考えた。そこで、ユニバーサル図書館を実現させるためにはどうすべきかというディスカッションを行っていくことにした。手順として、ユニバーサル図書館を実現させるための問題点を列挙し、次いでその問題点に対しての解決策を列挙し、その後、ここまでに挙がった問題点に対しての解決策を実行することで、ユニバーサル図書館を実現することができるのかということについて議論を行った。

○ユニバーサル図書館を実現させるための問題点とその解決策
 ユニバーサル図書館にある情報には誤りのある情報や、信憑性にかける情報があり、確証性に欠けた図書館になってしまうのではないかという問題点が出た。これに対しては、誤りや信憑性など不確実要素のあるページには、「このページは曖昧である」といった表示を行うことによって、利用者に示すことによって個人の判断に託せばよいという解決策が出た。ユニバーサル図書館にあるすべての情報が正しい情報ではなくてもよいということである。次に、すべての本などアナログのものをデジタル化するのは誰が行うのかという問題点が出た。これに対しては、利用者参加型にすればよいという解決策が出た。すべてのページを全年齢が見てもよいのだろうかという問題点が出た。これに対しては、利用時に自身の年齢情報などを入力することで年齢制限にようにフィルターをかければよいという解決策が出た。CDや本などは、著者によってはウェブ上に載せたくない人もいるため、そのような著者の作品まで含めたすべてを補うことはできないのではないかという問題点が出た。この問題点を解決することは現状不可能であるということとなった。

問題点と解決策を要約すると以下の通りである。
・情報の信憑性がないものはどうするのか
 →信憑性のないページには「このページは曖昧である」と表示する
・誰が本などのデジタル化の問題を行うのか
 →利用者が行えるようにする
・すべてのページを全年齢が見てもよいのか
 →利用時に情報入力することでフィルターをかける
・著者がデジタル化を拒否した場合どうするのか
 →現状不可能

○これらの解決策を実行することで、ユニバーサル図書館を実現することができるのか
 現状ではユニバーサル図書館の実現に向けてリードしてくれる企業や国際機関が存在しておらず、このような機関が誕生したとしても、著者による反対や知られたくない情報なども一定数存在し続けるため、すべてを揃えるという「ユニバーサルな」図書館を実現することは難しいのではないかという結論に至った。

きたはら(3年)



5月26日『<インターネット>の次に来るもの―未来を決める12の法則』 第3章 FLOWING

<要約>
 インターネットにおける「コピー」とは、情報の流れである。それは言葉のコピーのみならず、音楽や映画や本などさまざまなものに当てはまる。インターネットに触れているものはコピーできるものはすべて容易にコピーすることができる。そして誰かしらにコピーされ、歯止めが利かなくなっている。コピーとは不可避なものなのである。こうしたコピーが世に蔓延ってしまっている現在、私達が実際に手に触れられるような物理的な品々から、手に触れることのできないコピーのようなものへと流れに変化が生じている。このような流れになったのは、コンピューター化の三段階層があったためである。まず、第一の時代として「デスクトップ」・「フォルダー」・「ファイル」など、オフィスのものをそのまま模倣して作られた。第二の時代としては、オフィスの模倣からウェブへと変化したことである。「ファイル」から「ページ」となり、「フォルダー」ではなく「ウェブ」、「デスクトップ」ではなく「ブラウザ」となった。このようにコンピューターは進化してきているが、いまでは更に新たなものへと移行しつつある。現在は流れとストリーミングとクラウドである。このような時代の流れによって、私達人間はものごとをすぐに知りたくなっていった。リアルタイムを求めるようになったのである。何事にも同時性を要求するようになったのである。
 
 このような流れによって今ある様々なものが淘汰されていく。音楽、文章、絵、映像、ゲーム、ウェブサイトなどこれらすべてが無料でコピーされていくことで、売れなくなってしまう。この状況を回避するためには、コピーできないモノを売る必要がある。例として、ブランドなどである。ブランドは無料のものと同質のものでありながら、消費者はお金を払う。このようなに無料でに入るものにお金をかけたがる理由として「生成的な価値」というものがあり、生成的な価値には「無料より良い」と感じることのできる八つの要素がある。それは、即時性・パーソナライズ・解釈・信頼性・アクセス可能性・実体化・支援者・発見可能性といった八つである。

 しかし、固定のものがなくなるわけではない。固定的な優れたものはチップが埋め込まれてデジタルの性質を獲得する。こうした液化した流れがつぎつぎと花が開いて、引き算というより足し算の現象になる。固定から流動の変化は、変化することで選択肢が増えていく。<流れること>を最大にするために、プロの作品であろうが、ただ消費するのでなく、リアクションを起こすことが当たり前の返信のやり方になる。まだ液化してない日常の仕事やインフラはいずれ液化し、流動化する。非物質化と脱成熟化へ向かう巨大な傾向が意味するのは、さらなる流れは不可避になる。

<ディスカッション>
 本書より「人々は無料でも手に入るものになぜお金を払うのか」とあるが、第一段階として、実際に無料でも手に入るのにお金を払うモノは何かを挙げてもらった。その後、なぜそのモノにお金を出して買うのか理由を挙げてもらった。第二段階として、挙げてもらった理由の中から筆者が文中で挙げていた「8つの生成的なもの」のどの項目にあてはまるかをみんなで検討してもらった。そして、自分たちが挙げたモノの中ではどの項目が「無料でも手に入るものになぜお金を払う」ことに大きな影響を与えているのか検討してもらった。第四段階として、もし第二段階で「八つの生成的なもの」にあてはまらない理由が存在した場合、それにはどのような特徴が挙げられるのか新たに考えてもらった。

❶ 無料でも手に入るのにお金を払うモノとお金を払ってしまう理由 ❷「8つの生成的なもの」のどの項目にあてはまるか
・lineのスタンプ ずっと自分のものになるから  ´↓
・オンラインニュース 自分に合った内容 
・アプリの課金 ゲームをより楽しむ ´
・家具の組立委託 専門の人にやってもらった方が安心できるから 
・旅行代理店 自分ではできなく、面倒くさいから ´
・スポーツ観戦  その場の雰囲気が特別なものだから ↓
・DVDレンタル 早く見たいから    ,覆

*「8つの生成的なもの」
‖┿性 ▲僉璽愁淵薀ぅ此´2鮗瓠´た頼性 ゥ▲セス可能性 実体化 Щ抉膽圈´発見可能性

❸ どの項目が「無料でも手に入るものになぜお金を払う」ことに大きな影響を与えているのか
 挙げてもらった理由の中で、一番大きな影響を与えているのは、▲僉璽愁淵薀ぅ困任△襪海箸分かった。やはり、自分中心で、自分にとって使いやすいモノには無料でもお金をだしてしまうという意見が出た。

❹ 「八つの生成的なもの」以外の新たな項目
  私たちが挙げたモノで多くは「質が良い」「利便性がよい」があるためにお金を出している、といった意見も多く挙げられていた。そのため、「無料でも手に入るものになぜお金を払う」理由の「八つの生成的なもの」の8つの項目以外にも新たに「質」「利便性」という項目も追加してもよいのではといった提案も出てきた

・ディスカッションの課題
本書の固定から流動化へ移行しているところから離れた例が出ていたので、しっかり本文に沿うようなモノ(流動化へ変化しつつあるモノ)にしっかり定めていれば、もっと質の良い議論ができたのではないか。

ほそだ(3年)

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