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追跡アプリの導入

 広岡(2020)によると、中国政府はコロナ感染のさらなる拡大を防ぐために、健康コードという新しいプログラムを導入した。健康コードはスマホ画面上で表示するQRコードであり、持ち主の新型コロナウイルスの感染リスクを「緑」「黄」「赤」の3段階で示す。このリスクの程度は、中国政府のデータベースの情報を基に自動的に判定される。このプログラムを利用するには、施設に用意されたQRコードをアプリで読み込む。このアプリは、様々な場所で入場する時に提示を求められたり、様々な施設や公共交通機関で確認されることもある。健康コードのシステムは地方によって違うが、もはや「デジタル通行手形」と言われるほど、中国人なら基本的に誰でもスマホに入れている。中国政府は普及させた健康コードを通じて人々の移動履歴を把握し、結果としてコロナの拡大を防いでいる。

 なぜこの健康コードは短期間に中国で普及することができたのだろうか。私は、中国人がプライバシーよりも便利さを重視するからであると考える。田中(2018)によると、中国のユーザーは自分にとって便利になる状況があれば、プライバシーを譲り渡すことに抵抗がなく、それどころかむしろ喜んで提供すると言われている。しかも、中国には人々の身分は数秒間で判明する「天網」という監視システムがあり、プライバシーを守りたくても守れない状況がある。だからこそ、プライバシーよりも、便利さを重視せざるを得なくなり、結果として健康コードが普及したのではないだろうか。

 では、このように中国では短期間に普及した追跡アプリを、日本政府は短期間に日本国民に普及させることはできるのであろうか。私は短期間に普及させることはできないと考える。その理由は2点ある。

 1点目は、中国人と日本人のプライバシーに対する捉え方が違うことである。前述したように、中国人は便利さのためにプライバシーを犠牲にすることも厭わない。一方で、日本人は便利さよりもプライバシーを重視する。田中(2018)によると、日本では個人情報は本人同意のうえでのみ公開することが一般的であり、その範囲も最小限にとどめられている。さらに、日本社会では、便利さや効率をある程度犠牲にしても、プライバシー「権」を守らなければならないという考え方が一般的である。これらのことから、日本ではコロナウイルスに関する情報を集めにくく、追跡アプリが実効性を持つことは難しいといえる。

 2点目は、プライバシーに関する法律の違いである。楊(2018)によると、中国の憲法にはプライバシーやプライバシー権に関する規定はなく、関連する法律も規定も相対的に弱い。言い換えると、中国では政府が人々の情報を自由に扱うことができるのである。それに対して、日本の個人情報保護法は、犯罪歴、信条や病歴などの取得には原則事前の同意を必要とするなど、個人のプライバシー権が手厚く保護されている(安藤, 2017)。つまり、日本では政府が勝手に人々の情報を利用することは認められていないのである。

 そして、このような日本人のプライバシーに対する考え方の変化や法律の改正を短期間で行うことは難しいと私は考える。なぜなら、人間の固定観念はその人が今までの経験や教育によって積み上げてきた考え方であり、簡単に変えることはできないからである。また、手続きを含めると、法律の改正には最低でも数ヶ月はかかってしまう。したがって、中国のように追跡アプリを日本で短期間に普及させることは難しいと考える。

 実際、日本政府は2020年6月から新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)を導入したが、9月15日までのダウンロード数は1692万件と、人口の1割に過ぎなかった。そして、その中の陽性登録件数は767件しかなかった(厚生労働省, 2020)のである。しかし、COCOAは、人口の6割に普及しないと効果が出ないと言われている。つまり、新しいアプリを国民にインストールさせることはかなり難しいのである。

 では、感染の拡大を防ぐために、日本政府はどうすればよいだろうか。私は政府による電子追跡システムの構築を提案する。電子追跡システムとは、通信会社と協力し、携帯電話のアンテナの電波を追跡するものである。この追跡方法は細胞定位法と呼ばれており(謝, 2020)、実際に台湾で用いられている。このシステムは特にアプリを必要としない。感染者の滞在した場所に15分以上自分がいたときには、携帯電話にメッセージが送られる。このメッセージが送られると感染の可能性がわかるので、PCR検査を受けたり自分の健康状態に注意を払ったりするなど、相応な行動を取れるようになる。これによって、わざわざアプリを入れなくても感染拡大を防ぐことができるだろう。そして、このシステムはただ携帯電話の電波を追跡し特定の携帯番号にメッセージが送られるだけなので、日本に導入されているCOCOAと同じように、個人情報を侵害するものではないのである。

 しかし、台湾で導入された電子追跡システムは必ずしも完璧なものではない。なぜなら、感染者と接触可能性がある人に送られるメッセージには、明確な場所や時間などは示されていないからである。また、基地局の範囲は広いので、誤差も出る。実際、感染者と100メートルの距離があってもメッセージが送られる可能性もあるのだ(謝, 2020)。したがって、台湾のシステムをそのまま日本に導入しても、COCOAよりも効果が出るとは言えないだろう。

 それではその誤差を少なくするにはどうすればよいだろうか。私は感染者が出た飲食店を表すコロナマップの構築を提案したい。コロナマップとは過去2週間感染者が立ち寄った店の情報を開示するものである。その情報をコロナマップに公開することによって、電子追跡システムからメッセージを送られた人は、感染者と接触した可能性をより正確に判断できるようになるのである。このコロナマップを構築するためには、情報開示の許可をもらう代わりに、例えば無料消毒や補助金といったインセンティブを与えるなど、企業やお店の協力を欠かすことはできないだろう。

 この際、個人の感染情報収集についてはLINEと連携したいと私は考える。なぜなら、総務省(2018)によると、日本におけるLINEの利用率はおよそ60%と、最も高いからである。協力する飲食店は、店の中にQRコードを設置する。顧客はそのQRコードをスキャンすれば、自分はいつその店にいたのかという情報を、自分のスマホのLINE keepに保存できるようにするのである。この情報は感染した際に保健所や病院からもらう感染番号と一緒にコロナマップのLINE公式アカウントに送信する。そうすると、万が一自分が感染者になった場合、どの店に行ったのかを正確に伝えることができるようになる。この際に「個人情報(姓名や年齢)を除いたあなたの過去2週間の行動履歴をコロナマップ上に開示することに同意しますか」というLINEメッセージに同意することで、感染者本人の意思も確認できるだろう。また、現在のところ多くの患者は軽症だと言われているので、自ら情報を提供することも可能だと考えられる。

 この電子追跡システム×コロナマップの利点は3点ある。1点目は、新しいアプリのインストールの必要がないことである。既に普及しているLINEと連携することで、自分の行動履歴を記録できるからである。2点目は、台湾の電子追跡システムより正確な点である。なぜなら、感染者との接触可能性というメッセージが送られた人にはコロナマップを閲覧することにより、その誤差を減らすことができるようになるからである。3点目は、国民が自由に閲覧できることである。この提案ではLINEアプリをインストールしていなくても、インターネットが使えさえすればコロナマップを閲覧できる。したがって、コロナマップさえ見ることができれば、国民は自ら感染した可能性を確認できるのである。そして、その可能性が高かった場合、自分で保健所に通報してPCR検査を受けるといった仕組みができれば、感染拡大の可能性を低下させることができるのだ。

 新型コロナウイルスの拡大防止にあたり、追跡アプリによるプライバシーの侵害は大きな課題である。中国のように政府が国民を追跡することは、日本ではなかなか受け入れられないだろう。そこで、国民自ら個人履歴を記録し、自らの同意の上で位置情報を提供する「電子追跡システム×コロナマップ」は、プライバシーを侵害しないシステムとして、日本で受け入れられる可能性が高いだろう。このような対策を行うことで、新型コロナウイルスのさらなる拡大防止に貢献できるのではないか。

【参考文献】
安藤均 (2017)「「忘れられる権利」は新しい人権かー「忘れられる権利」をめぐるプライバシーの検討―」『旭川大学経済学部紀要』76, 71-100.
広岡延隆 (2020)「国家丸ごとデジタル化 国民監視と産業振興」『日経ビジネス』2042, 30-33.
厚生労働省 (2020)「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA) COVID-19 Contact-Confirming Application」2020年9月16日閲覧, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/cocoa_00138.html
総務省 (2018)「ソーシャルメディアの利用状況」『情報通信白書』2020年10月7日閲覧, https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd142210.html
田中信彥 (2018)「「中国人すごい」の底にある個人情報への鷹揚さ」『日経ビジネス』電子版 2020年6月11日閲覧, https://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/041100064/101500010/
謝佩如 (2020)「怎麼知道我去過?21萬人收到提醒簡訊,如何不靠GPS追蹤足跡」『商業週刊』電子版 2020年8月16日閲覧, https://www.businessweekly.com.tw/focus/indep/6001621
楊鳳春 (2018)「中国のインターネット管理下における政府権力の拡張と国民の電子情報活動権益の保護」『アジア太平洋討究』32, 183-195.

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