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クラスカがホテル事業撤退を回避するためには

学芸大学から徒歩約10分の立地にホテル「クラスカ」がある。奥平(2019)によると、この「クラスカ」は、UDSが築34年で立地の条件や老朽化により経営が行き詰まっていたホテルをリノベーションしたものである。この「クラスカ」はホテルだけでなく、レストラン、作品展示や撮影スペース等に利用できるレンタルスペース、伝統工芸品を扱うギャラリーショップなどが設けられている。UDSはこのリノベーションにあたり、長期滞在者用の客室やコワーキングスペースを用意した。1ヶ月当たりの居住費を周辺の住宅賃料に比べて5割以上高い水準にしたが、当時の稼働率は7〜8割 (藤川, 2003)と、デザイナーやクリエイター等を引きつけ、感度の高い人間が交流する空間へと生まれ変わったのである (奥平, 2019)。

ところが、株式会社クラスカは、2020年12月20日をもってホテルやレストラン、レンタルスペース等の運営終了を発表した。今後は、ショップ”DO”の運営のみ行うとのことである。たしかに、私が2020年1月4日13時頃にホテル「クラスカ」へフィールドワークに行ったところ、2003年と比べて状況が変化していると判明した。3階にあるクラスカ独自の雑貨店には様々な世代の顧客が訪れていた。一方で、この日のホテルは、20室中13室が空き部屋となっており、稼働率は65%に低下していたのだ。一体クラスカは、なぜホテルやレンタルスペースの運営を終了することになってしまったのだろうか。

クラスカ(2020a)によると、建物の老朽化に伴う保守改修が困難であることや地権者との賃貸契約のタイミングを理由としている。しかし、私はホテルやレンタルスペースの稼働率の低下がその理由であると考える。この稼働率が低下した背景を、オープンから2020年現在までの時系列に沿って見ていこう。

2003年にオープンしたクラスカ当初の主要顧客はデザイナーやクリエイターなどの感度の高い人々であった。その後クラスカは、2008年に「日本発の技術や価値を『発掘』し、国内だけでなく世界にも伝えていくこと」をコンセプトとして、外国人向けに施設のリニューアルを行った。元より海外からの顧客が多かったクラスカであったが(太田, 2009)、ホテルには新たに和室をイメージした客室が設けられ、レンタルスペースでは国内外から招いたデザイナーらによる展示会などのイベントが催された。これによって、クラスカは更に外国人顧客からの人気を集めたのである。

しかし、2014年頃からオープン当初の主要顧客、つまりデザイナーたちが他の施設へと分散してしまったと私は考える。この頃、クラスカが位置している目黒区周辺にレンタルギャラリースペースが増加した。250,000円で5日間利用できるクラスカよりも(クラスカ, 2020b)、1日あたり平均約30,000円で利用出来る他のギャラリースペース(Rental Gallery, 2020)の方が安価に利用出来る。クラスカのレンタルスペースは、他のギャラリースペースと比べると圧倒的に広い。しかし、クラスカは5日間からしか借りられないことや立地の不便さが伴うのに対して、他のギャラリースペースは1日から借りられる場所も多く、最寄り駅からの所要時間が短いなど、クラスカと比べて便利な面も見受けられる。実際クラスカのブログを読むと、イベントも2013年頃よりデザイナーたちによる企画ではなくクラスカ自身が開催したものが増えている。このように、オープン当時からの主要顧客は分散していったのだ。

更に、2017年頃からクラスカのようなデザイナーズホテルは次第に増加してきた。加えて、インバウンドの影響で外国人観光客が増加してきたため(日本政府観光局, 2020)、外国人顧客に特化したデザイナーズホテルや安価に宿泊できる民泊なども増加した。その結果、外国人顧客も他の施設へと分散してしまったのだろう。以上のことから、クラスカは元々の主要顧客であったデザイナーや次にターゲットとした外国人から一度は注目を集めたものの、両者ともに他の施設へと分散してしまったのである。そして、顧客の維持が出来なかったクラスカは事業撤退の選択をせざるを得なかったのではないだろうか。

それでは、クラスカがホテルやレンタルスペースの運営を続けるためにはどうしたらよかったのだろうか。私は、宿泊客限定で実際にアートを体験出来るイベントを導入するべきであったと考える。例えば、講師として、クラスカが日本各地のアーティストを招待し、250平方メートルもあるギャラリースペースを用いて宿泊客自身が絵画や陶器などを作るといったイベントである。

デザイナーやクリエイターでなくてもお洒落なクラスカに一度は泊まってみたいと考えている感度の高い顧客は確かに存在するはずである。しかし、クラスカの宿泊料は他のホテルと比べて高いので、常に同じサービスしか受けることが出来なければ、一度訪れた顧客はなかなか再宿泊を検討しにくい。そこで、月や週ごとにテーマを決め、その都度異なるジャンルの体験イベントを提供することによって、クラスカへの宿泊に魅力を感じさせることが出来るのではないだろうか。このイベントをクラスカが行うことのメリットは2点ある。1点目は、これまでに培ったアーティスト人脈やノウハウの存在である。これらを活用できれば、他のギャラリースペースが出来ない体験を提供出来るからだ。2点目は、クラスカのギャラリースペースが広大な点である。この広さは、クラスカにある20の客室全てが利用され40人の宿泊客がこのイベントに参加したとしても、十分であるからだ。この体験型のイベントに魅力を感じた人々は、来る度にイベントの内容が変わっていれば、多少値段は高くても「また来たい」と思うはずである。さらにこのイベントは、日本人が旅行をする際に旅行先の施設に求めている自分自身が体験するというニーズ(日本交通公社, 2019)を満たすことが出来る。したがって、このような体験型のイベントを開催することが出来れば、クラスカはホテルやレンタルスペースの運営を終了せずに済んだのではないかと私は考える。

現在新型コロナウイルスの影響を大きく受けてはいるものの、インバウンドの効果もあり市場規模が拡大してきたホテル業界である。その中でも本文で取り上げたクラスカは、2度もターゲットとした顧客を失い維持することが出来なかった。しかし、このクラスカもターゲットとした顧客に対して独自の強みを活かしたサービスを提供することが出来れば、「一度は泊まってみたい」と考えていた人々を取り込み、事業継続は出来たはずだ。日本国内には無数の宿泊施設が存在しているが、顧客獲得に難航する施設も少なくない。しかし、それらの施設も自社の強みや特性を見つめ直し、顧客のニーズに合ったサービスを展開することによって、顧客の維持や新規顧客の開拓が出来るのではないだろうか。

【参考文献】
藤川明日香 (2003)『再生ホテルが発信する「大人の暮らし」』『日経アーキテクチュア』20031208号, 28-32.
クラスカ (2020a)「Hotel CLASKA閉館と今後の活動・展開についてのお知らせ」2020年
4月26日閲覧, https://www.claska.com/news/2020/03/201220_finale.html
クラスカ (2020b)「STUDIO&GALLERY」2020年5月12日閲覧,
https://www.claska.com/studio/index.html
日本交通公社 (2019)「JTBF旅行者調査2019」2020年5月30日閲覧, https://www.jtb.or.jp/research/theme/statistics/statistics-tourist/
日本政府観光局 (2020)「訪日外客統計の集計・発表」2020年5月19日閲覧, https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/index.html
奥平力 (2019)「どんな立地でも満足実現」『日経ビジネス』2009, 72-73.
太田憲一郎 (2009)「薩摩黒切手に外国人も注目」『日経デザイン』20004, 86-87.
Rental Gallery (2020)「東京のレンタルギャラリー・貸し画廊一覧」2020年5月12日閲覧, https://rental-gallery.jp/tokyo/page/2/

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