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原因を推論する 第4章 推論としての記述

 本章p78で質的研究では研究対象に「ドップリ浸り」、多くの観察可能な含意を確認する佐城が必要である。しかし、自らの研究対象にドップリ浸りすぎてしまうことで周りが見えなくなり、不正確な思い込みに基づき事実認識をしてしまうことがあると述べられている。そこで、今回は「量的研究においても研究対象にドップリ浸る必要があるのか」についてディスカッションを行った。量的研究とは、複数のサンプルからデータを収集し、事象を数値化し、統計的に分析する方法である。また、今回の議論でドップリ浸るとは、「自分の研究対象について深い理解を持つこと」定義した。

 まず、量的研究においてドップリ浸るとはどういうことなのかについて議論が行われた。量的研究の具体例として、大学の教授が自分の担当する授業の受講者の授業満足度と参加率についてという調査を統計的に分析する場合についてとりあげた。ここでのドップリ浸る対象者は授業の受講者全員を指す。これを踏まえ、調査に基づいた分析結果について考察するだけではなく、研究対象者である受講者に対してさらに深い理解を持つために研究を行うことが量的研究においてドップリ浸ることであると意見が出た。

 ここまでの議論を踏まえ、ドップリ浸る必要があると考える意見では主に3つの意見が出た。一つ目は、自分の研究対象をより深くみていくことで研究のなかででたデータをさらに有効的に活用する方法をみつけることができるという意見である。研究対象の性質や特性なども考慮して研究をしていくことでさらに良い研究になるということふことが必要であるためという意見である。三つ目は、統計的に出された結果だけではなく、現実の実態についてもより見ていく必要があるという意見である。統計的に有意であると結論付けられた研究であったとしても、現実のとは違うのではないかと疑問に思う場合がある。そのため統計のよって出された結果をだけではなく、研究対象についても深い理解を持ったうえで研究をすることが必要である。

 一方、ドップリ浸る必要がないと考える意見として2つの意見が出た。一つ目は、量的研究では正確な数値の統計データや分析必要になるためデータに対して詳しい理解は必要であるが、研究対象にはドップリ浸る必要はないという意見である。二つ目は、ドップリ浸ってしまうと周りが見えなくなってしまい、研究対象が特殊であると不正確な思い込みから事実の認識をしてしまう場合があるため、数値を扱う量的研究においてはドップリ浸るべきではないという意見である。

 最終的にゼミ生に多数決を取ったところ、量的研究においては研究対象にドップリ浸る必要はないという人が多かった。中野ゼミナールでは質的研究と量的研究を合わせて現象を明らかにしていく研究が行われる場合も多い。量的研究で行われる統計的な調査では検証し、結果が出た場合そのままで終わらせてしまうことがある。その結果を鵜呑みにせず、なぜそのような結果が出たのかという疑問をもち研究対象についても深くみていく必要がある。一方で、研究対象が他と比較してどのような特色を持つのかについて調べていくためにも研究対象にドップリ浸らず客観的視点をもって研究を行っていくという二つの視点が研究においては重要である。

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