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日本自動車メーカーの将来に向けて

 清水(2016)によると、トヨタ自動車やGMといった世界の大手自動車メーカーやグーグルやアップルなどの自動運転車の製造に取り組んでいる企業は、自動運転車に必要不可欠なAIやロボットに関する優秀な技術者の囲い込みを行っているという。また、斉藤(2016)は、日本の企業から、AIやロボットに関する優秀な人材が世界の企業に引き抜かれているという。その要因として、日本の雇用形態や報酬制度を挙げている。

 島津(2016)によると、トヨタ自動車は米国でAI技術の研究・開発を行うトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)を設立し、CEOにAI分野で「米国の至宝」とまで言われているギル・プラット氏を採用することで、次々に著名なAI研究者の引き抜きに成功しているという。さらに、島津(2016)によると、プラット氏は「トヨタは製造業では世界トップ。カイゼン文化やトヨタ生産方式などの宝物を持っている。ただし、ソフトウェアの開発には別のプロセスが必要。トヨタはそれに気付き、より迅速に動ける子会社(TRI)を作った。ソフトウェアの開発に必要な、迅速な文化を採用したのだ」と述べているという。トヨタ自動車は、グーグルやマイクロソフトなどの大手IT企業が優秀なIT人材の囲い込みを行っているなか、豊富な資源と業界内の地位を活かして優秀な人材を獲得していたのである。また、日本の雇用形態や報酬制度の問題を、アメリカに子会社をおくことで解決していた。

 一方、スバルやスズキなどの日本の自動車メーカーは、ギル・プラット氏の言うようなAI技術のみを扱うような海外子会社を持っていない。したがって、自動運転化の流れに迅速に対応できるプロセスといった環境は整っていないのである。一般に大規模なソフトウェア開発はアウトソーシングで行われているといわれる。しかし、将来自動運転化が進むなかで、ソフトウェア開発というコア・コンピタンスとなりうる部分を他社に委託してしまっては、現在のような業績を得ることは難しくなるだろう。以上のことから、スバルやスズキなども優秀なIT人材を確保していかなければならない。

 ところが、トヨタ自動車のような企業に比べて経営資源の少ない自動車メーカーが、優秀な人材を確保していくことは難しい。なぜなら、トヨタ自動車と同じようにアメリカに子会社を置きソフトウェア開発の環境づくりをしようとしても、報酬の面で経営資源の差が顕在化してしまうからである。しかも、トヨタ自動車のような自動車メーカーだけでなくグーグルなどのソフトウェアの研究開発を専門とする企業に対して人材の確保の競争で優位に立つことは難しい。世界中の優秀なIT人材が最先端の技術を持つアメリカに流れている中、アメリカで人材の確保ができないということは自社の競争力の低下になりかねない事態である。しかしながら、このままソフトウェア開発に向けての環境づくりをせずにいると、優秀なIT人材の確保だけでなくIT人材自体の確保にも苦しむことになってしまうと考える。なぜなら、「2030年には国内のIT人材数が85.7万人なのに対し、不足数は78.9万人に上ると予測している」(経済産業省 2016)というからだ。したがって、なにも行動を起こさないままでいると、トヨタ自動車に比べて経営資源の少ない自動車メーカーは衰退の一途をたどりかねない。

 そこで、私は将来のIT人材の確保を見据えて、トヨタ自動車以外の日本自動車メーカーに、ソフトウェア研究・開発専門の子会社をインドに設立することを提案したい。

 インドである理由は4つある。1つ目は圧倒的に人件費が安いからである。インド日本商工会(2012)によると、インド人上級エンジニアの平均月給は38,142ルピーだという。これを日本円に換算すると(2016年10月3日14時現在1ルピー=1.52円)約5万円である。DODA(2015)によると、日本の社内エンジニアの平均年収が512万円であり、単純に計算すると彼らの平均月収は約42万円となる。したがって、インド人上流エンジニアと日本の一般エンジニアを比べたときに報酬にかなりの差があるといえる。さらに今回獲得しようとするインドの一般エンジニアを考えた場合、彼らを雇用するには上記に記載した上級クラスの報酬よりもずっと少なくなると考えられる。

 2つ目は、日本よりもインドのほうが圧倒的にIT人材の数が多いからだ。IPA(2010)によると2009年時点でインドには約145万人のIT人材がいるのに対し日本には約75万人しかいない。近年のインドのIT産業のすさまじい発展と日本のIT産業の現状を見ると、2016年現在ではもっと人数の差は開いているだろう。ここに他社よりも早く進出しておくことで、将来足りなくなってしまうエンジニア自体の確保を先に行うことができるだろう。

 3つ目は、報酬形態を日本型のものから変えやすいからである。現在日本では年功序列型の賃金形態が一般的であり、国内で急に変えることは難しいと考えられる。一方、これから需要の高まっていくIT人材を獲得するうえで人件費の高騰が予想されるが、日本型の報酬形態のままでは若く優秀なインド人を高額で獲得するのは難しい。しかし、日本ではなくインドに子会社を置くことで、そのような人件費の高騰に対応可能な報酬形態を採用しやすいといえるだろう。また、為替も現在ルピーに対して円高であることから、日本企業は現地で高額な報酬でも払いやすいだろう。

 4つ目は、雇用形態を日本型のものから変化させやすいからだ。濱口(2013)によると、日本の雇用形態の特徴は「職務も労働時間も勤務場所も契約で限定されておらず、無限定、すなわち使用者の命令でいくらでも変えられてしまう」メンバーシップ型であり、異動や転勤が多い。しかし、研究者に異動や転勤をさせてしまっては、それまでの知識やノウハウをその研究から奪ってしまうことになるこれでは専門性の高いソフトウェア技術の研究・開発の遅れが出てしまうという弊害をもたらすこととなる。これでは、急速に進むソフトウェア研究・開発の中で遅れをとってしまうことになるのではないだろうか。そこでインドに子会社を置き、メンバーシップ型とは異なった雇用形態を採用することで、研究・開発をスムーズに行うことができるのではないだろうか。

 最後にソフトウェア研究・開発専門である理由だ。IPA(2010)によると、インドはオフショア市場が発達したため、ソフトウェア開発技術に長けているという。また、スズキやスバルといった企業群は、すでに製造に関わる拠点をインドに持っている。子会社を独立させてしまうと最後にはソフトウェアとハードウェアの接合部分で問題が起きることもある。しかし、すでに生産拠点を持っていれば幾分か研究・開発のフロントローディングを可能にし、生産コスト削減につながるのではないだろうか。

 IPA(2016)によると、「近年、ソフトウェアの大規模化と複雑化、急変な社会環境変化に伴う開発期間の短縮化、さらには社会システムの役割の増大により、ソフトウェア開発の信頼性、生産向上に対するニーズはますます高まっている」という。このような状況下において開発期間を短縮化し、なおかつ生産性を向上するためには、限られた優秀な人材よりも、一定程度以上の人員の確保が必要となるはずだ。なぜならば、ソフトウェア開発は人が行うものであり、人間の生産性には限界があるからだ。したがって、「自動車」の時代から「自動運転車」の時代に変わっていく中で、歴史のある日本の自動車メーカーが経営資源の差を補い業界内の競争に加わり続けていくために、インドでソフトウェア開発専門の子会社を設立し安価な労働力を確保することが1つの手段になると私は考える。

【参考文献】
IPA(2010) 「グローバル化を支えるIT人材確保・育成施策に関する調査」
http://www.ipa.go.jp/jinzai/jigyou/global-report.html 
インド日本商工会 (2012)
http://www.jccii.in/Docs/0406_12_6th_salary_survey_(summary).pdf  
2016年10月3日閲覧
DODA (2016) 「平均年収ランキング2015職種別」
https://doda.jp/guide/heikin/2015/syokusyu/ 2016年10月3日閲覧
経済産業省(2016) 「国内IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」
http://www.meti.go.jp/press/2016/06/20160610002/20160610002.pdf 
2016年10月25日閲覧
濱口桂一郎(2013)「「ジョブ型正社員」と日本型雇用システム」『nippon.com』
http://www.nippon.com/ja/currents/d00088/2016年12月22日閲覧
IPA(2016)「ソフトウェア開発データ白書2016-2017」の発行〜「業種編3種(金融・保険業、情報通信業、製造中心業)」も同時発行〜
https://www.ipa.go.jp/sec/reports/20161012.html 2017年2月1日閲覧
小林雅一 (2016)「トヨタ vs グーグル 激化する人材争奪戦」『現代ビジネス』
http://gendai.ismedia.jp/articles/premium01/45354 2016年8月9日閲覧
斉藤美保 (2016)「人材争奪戦、日本の弱点が露呈」『日経ビジネス』 1849, 16-17
島津翔 (2016)「トヨタ、米国でAI人材を70人獲得」『日経ビジネス』 1849 ,17
清水憲司 (2016)「人工知能開発へ技術者確保競争 米国内で」『毎日新聞』http://mainichi.jp/articles/20160314/k00/00m/020/066000c 2016年8月9日閲覧

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