技術者間における知識移転の促進要因-情報獲得者の観点から-

本稿では、新製品開発プロジェクトにおける技術者間の知識移転を促進する要因を明らかにするために研究が行われた。実証分析の結果、部門内と部門間では知識移転の促進・阻害要因が異なることが明らかになった。そこで、私たちはチーム研究(部門内)において、知識移転を促進するにはどうすればよいかを疑問に持ち、ディスカッションのテーマに選んだ。
 
現在、チーム研究の発表に対する質疑では、3年生ばかりが答えていることから、チーム内で知識移転が行われていないと考え、これをディスカッションの前提とした。いざ議論を始めたところ、ここでの知識移転は知識共有ではないかということになったが議論を進めていくことになった。最初に、なぜ知識移転が行われていないのかを話合った。この質問に対して、期限に迫られてしまうことで結局3年生が進めてしまう、信頼関係を築けていない、2年生が3年生を信頼しているからこそ知識移転を阻害している、その場にいなかった人への共有ができていない、その場で分からないと思っても聞けない、研究を進めていく中で2年生がついていけてない、などの意見が出た。
 
次に、知識移転が行われない理由に対しての解決策を挙げ、議論を行った。いなかった人への共有をするためには、その日に話し合った内容を形式知化し伝える。これに関してはネット内でお互いが集めた資料を共有しているチームがあった。2年生が研究についていけない、その場で分からない問題に対して、定期的に質問の時間を設けるという意見が出た。これを行うことで、2年生も内容をより理解できるからである。また、3年生がもっと積極的に2年生に理解できているかを確認するという意見も出た。理解するという点で、ホワイトボードを使う際には2年生に書いてもらうことなど、アウトプットする機会を増やすいという意見もあった。
 
以上のように、知識移転が行われていない理由を挙げ、それに対しての解決策を考えながら議論を行った。知識共有の話になってしまいがちであったが、、研究の進め方として活かしていける議論を行えたと感じた。先生からも指摘されたように、今回は部門内でのディスカッションになり、部門間での議論を行えていなかった。チーム内でも問題はあるが、今後チームで研究を行っていく際は、部門間でのつながりも意識する必要がある。なぜなら、集団的教育指導を行うことで、他のチームも含めお互いが成長できるからである。これはチームの成長だけでなく、ゼミという組織においても成長できると考える。そのためにも共有だけでなく、確認も行うことで、お互いが成長してける。今回のディスカッションを参考にしながら、今後の研究を進めていきたい。

よしかわ(3年)

ルーチン形成における管理者の認識とパワー ー自動車販売現場における管理者の役割ー

本稿では、既存の組織ルーチンのもとでパワーを獲得した管理者がどのようにして新しい組織ルーチンの形成を促進できたかを、自動車ディーラーの店舗へのインタビューを元に明らかにしている。ここでいう組織ルーチンの形成とは、組織において安定的に繰り返される行動のパターンが見られるときのことを指す。結論としては、新しい組織のルーチンを形成するためには、管理者が組織全体のパフォーマンスへの意識と、長期的なパフォーマンスへの意識という2つの認識を変化させることが重要である。

多くの企業では、本稿の結論と同様に、組織ルーチンを形成する際には管理者のパワーや認識というものが深く関わってくるだろう。しかし、ゼミナールのような管理者が絶大なパワーや決定力を持っているのではない組織では、何が組織ルーチンの形成を促進するのかという疑問を抱いた。そこで、中野ゼミナールで今年度からコミュニケーションの活発化を目的に新設された「イベント」という活動を例に挙げ、これがなぜ今組織ルーチンとして形成されていないのかをディスカッションテーマとした。イベントという活動にはその管理者であるイベント係がおり、イベント係が毎回のイベントの企画、スケジューリング、実行までを行なっている。前提として、全員が必ずイベントに出席するようになるということが、ルーチンが形成されたことを意味する。

ディスカッションの中で出てきた意見として、まだ実施回数が少ないから、コミュニケーションの活性化があまり見られず参加してもつまらないから、行かないことを容認している雰囲気が出てしまっているからなどがあげられた。しかし、中でも活発に出た意見は、学園祭実行委員会の集まりという1年前から決まった予定があるなど、参加したくてもできない人も多いという解決が困難な理由であった。そこで議論は、そもそもイベントにおける組織ルーチンの形成は、全員が必ず出席することではないのではないかという点に移った。仕方のない理由で来れない人は、前々から決まった予定が無い限りは出席するということで、参加率は組織ルーチンの形成には関係ないのではないかと考えられたからである。では、どのような状態が本ゼミナールのイベントにおける組織ルーチンの形成にあたるのだろうか。これに対しての意見は、イベント係以外の人が企画を考えるなどイベントへの貢献が現れることや、イベントではない場でも積極的なコミュニケーションを取るようになることなどに纏まった。

反省点としては、ディスカッションの前提が皆の納得のいくものではなかった為、そこで大幅に時間を取ってしまい、新たな前提を用いてディスカッションを行えなかった。ディスカッションテーマの大きな意図として、イベントに対する個々の意見を引き出すということがあったが、時間が足りず限られた人の意見しか知ることが出来なかったことが大変残念だった。次回ディスカッションテーマを決める際は今回の反省を踏まえ、より多くの人の意見を引き出せるようにし、テーマとなった活動に対してプラスの影響を与えられるようにしたい。

くまざき(3年)

イノベーションの資源動員と技術進化:カネカの太陽電池事業の事例

 本稿は、イノベーションの実現プロセスにおいて「知識創造」と「資源動員」がどのように関わり成果に結びつくのかを、特定事例の詳細な研究を通して浮き彫りにし、この二つの側面を考慮したイノベーションのプロセスに関する新たな仮説を得ることを目的としている。カネカの太陽電池事業の事例は、技術シーズとその用途が複数存在しあうイノベーションのプロセスであり、カネカにとっては技術を応用すべき製品と顧客の探索を含むイノベーションである。この事例から、イノベーションの推進に寄与する四つの知見をえることができた。一つ目は、新たな知識を創造するだけでなく、それがより確実な未来の提示につながる必要があるということ。二つ目は、短期的なサイクルで技術開発をしてイノベーションを成し遂げることが、長期的な目標のための資源動員を助けるということ。三つ目は、短期的なイノベーションを乗り越えるには、補完技術を柔軟に活用できる能力が必要だということ。最後は、資源動員の側面から、長期のイノベーションと短期のイノベーションでは、発揮すべき能力が異なるという知見を得ることができた。


 本稿の最後に、カネカの事例を通して示した仮説は単一事例にもとづいており、その一般可能性については慎重に検討する必要があると書かれている。これに対して、「カネカの事例を一般化するにはどうすればいいのか」という質問が挙げられた。他にも、「カネカの事例を単一事例研究として選択した理由はなにか」という質問があげられ、それについて多くの意見が交わされた。具体的には、既存の研究で言われている理論や仮説に対して、「反証の事例として本研究が用いられており、新しい仮説を構築するためではないか」という意見や、「新たな仮説を構築するまではいかないが、既存の理論を改善するための新しい見方を加えることではないか」といった意見があげられた。このように、一人の質問に対して多くの意見があがったことで、予定の時間を超えた議論にまで発展した。


 カネカの事例では、想定外のイノベーションが当初の目的である野心的なイノベーションに結実したため、想定外のイノベーションの重要性が強調されている。一方、資源に恵まれた組織は狙った用途に向けた技術開発に適している反面、試行が進まないために想定外のイノベーションが生まれる可能性は低くなると述べられている。そこで、狙った用途に向けて一直線に技術開発をし、イノベーションを推進できる資源に恵まれた組織は、当初の目的とは違った不確実性の高い想定外のイノベーションが生まれる可能性が現れたときに、資源を動員するべきなのか、という疑問を抱き下記のディスカッションテーマを選択した。


 それは、「資源に恵まれた組織は、想定外のイノベーションを生み出す必要があるのだろうか」というものだ。しかし、イノベーションを生み出す必要があるのだろうか、という言葉に対して、イノベーションとはそもそも狙って起こすのではなく、想定外に起こるものではないかという質問をいただいた。確かにイノベーションとは、最初から狙って起こせるものではないが、本稿ではあえて当初の狙いと突然現れたものを区別するために、イノベーションと想定外のイノベーションという言葉が分けられて用いられていた。私たちは、本稿の内容にもとづいてディスカッションテーマを定めたのだが、その意図がうまく伝わらず、最初に思い描いていた議論を展開することができなかった。議論が上手くできなかった理由として、発表側と聞き手側の論文の理解度の差、意図を端的に伝えることができない低い文章力が考えられる。このことから、相手に想いを伝えるためには、相手の立場に立って初見でも理解しやすい文章を書き、誤解を招かない丁寧な説明が必要だということを改めて学ぶことができた。


やまもと(3年)

第10章 単一事例研究の用い方

 因果効果の確認を単一の観察に基づいて行う方法として、決定的事例研究が挙げられている。しかしキング=コヘイン=ヴァーバは、このような逸脱事例によって理論を検証するアプローチを2つの理由から批判している。1つ目は、観察が1つでは確定的なことは言えないからという理由で、2つ目は観察には誤差が生じるからという理由である。しかし決定的事例研究は、理論仮説の検証ではなく仮説の構築や改善に用いられるものだと筆者は述べている。たしかに観察事例が1つでは、理論を検証してもそこから決定的な確証を得ることや反証することは難しいだろう。しかしながら、単一事例で理論仮説の改善すらも行ってよいのかという点に疑問を感じ、今回のディスカッションテーマとした。

 しかし、理論仮説の改善について行ってよいかという問いでは、すでに行われているため適切ではないという意見が出たため、改善すべきかどうかというテーマでディスカッションを行うこととした。また、これだけでは議論が難しいと考えたため、実際の例として「資源の呪い」理論をベネズエラの事例を用いて改善したダニングと、経済成長と民主化の関係について中国やインドを用いた事例を取り上げた。意見としては、改善すべきという立場がほとんどであった。その理由として、改善しているというよりも既存の理論にプラスアルファで追加しているイメージだからや、新しいデータとして理論に含めるべき、なぜ逸脱事例であるのかを論理的に説明できるのであれば改善してもよい、といった意見が出た。逆に改善すべきではないという立場の人からは、複数事例ならば改善してもよいが単一では難しいのではないかや、その事例が外れ値であったら改善すべきではないという意見が出た。

 今回は、逸脱事例と外れ値の事例についての区別が自分でも明確にできていなかったため、改善すべきという意見に議論が偏ってしまった。私個人としては、単一であるからこそ簡単に改善してはいけないと考えていたので、もう少し意見にばらつきが出ると考えていた。しかしながら、単一事例研究は単一であるからこそ、その事例を選んだ理由や、その事例が既存理論に対してどのような役割を果たすのかを考えて研究する必要がある。その点を考える上では、今回の議論は意味のあるものであったと思いたい。

ことう(3年)

第9章 比較事例研究の可能性

 第9章では、少数の事例を絞って質的研究の因果推論を行う上での方法について述べられていた。質的研究の因果推論を行う方法としては、ジョン・スチュアート名づけたの差異法と合意法に二つに分類される。一つ目は差異法である。差異法とは異なる結果を占めている複数の事例を比較して、その違いをもたらした原因を推論する方法である。二つ目は合意法である。合意法では、複数の事例にともに生じたある事象の原因として、これらの複数の事例に共通して存在する要因を探すことで、因果関係の推論を行う方法である。しかし、二つの質的研究の因果推論を行う方法をそれぞれのメリットとディメリットがあるので、このような方法は実際に私たちが就活するにあたって少数の先輩を絞って就活のことを聞く時に、どちらの方法を使った方がいいのだろうか。そこで、私達が実際に就活を始めた時に、差異法と合意法どちらを使うべきだかという疑問を持ったため、このテーマにディスカッションを行なった。

 今回のディスカッションの前提は、内定をもらった先輩と内定をもらっていない先輩という従属変数を設定したのである。独立変数は、ゼミナールのメールリストの就活報告メールを読むことが原因とした。また、他の変数では、ゼミナールのメールリストの就活報告メールを読むこと以外として、就活の動きの時間や勉強時間などがあった。議論を始める前に、ゼミ生がどちらかを使うか人数を測り、30人の中に差異法を使う人数は20人だった。一方で、合意法を使う人数は10人だった。多くの人が差異法を使う理由としては先輩の失敗した要因を知ることができること、自分と照らし合わせ、細かいことまで分かり、面接する時に、同じような失敗を起きないように別の言い方ができる。しかし、ディメリットとしては、実際に先輩たちが失敗した本当の要因が分からない。その要因を知っても役に立たない。そして、合意法のメリットは、成功した先輩の共通点が見つかりやすく、参考になる。成功した人に成りきることができること。自分に関係している事が含まれていることなどがあげられる。一方で、合意法のデメリットとしては、先輩が受かった理由がわからないこと、失敗した人を見てもプラスにならないことなどがあげられた。

 このような議論が進んでいるなか、私が1日前という時間の条件を入れたことによって、多くの人が合意法の方を選択することがわかった。一方で、差異法が良いと考えるゼミ生もいた。理由は、直前に失敗する理由を見ることが大事と考える人もいた。議論の最後に、人数をはかった結果、30人の中に差異法を使うと人数は11人になって、一方で合意法を使う人数は19人になった。そこで、分かったことは時間的制約を設けなければ差異法が多かったが時間的制約を設けた結果、合意法の方が多くなった。就職活動を行う上で始めたころは、差異方を用いて先輩の就活を分析し、自分に合ったやり方を見つけることが大切である。また、時間がなくなった場合は合意法で成功要因などを分析して面接に臨む方が良いと考える。

タン(3年)

原因を推論する 第7章 他の変数の統制

 P129では、因果的推論を確実に行うことはできないという問題があると言われている。そこで、その問題を解決するために本章では2つの解決方法が挙げられていた。1つ目は科学的解決である。これは、ある因果関係が過去の科学的知識と同質であるということを認めることで解決する方法である。2つ目は統計的解決である。これは、自分たちでランダムサンプリングを行うことで他の変数を統制することを可能にし、問題を解決する方法である。本章では、因果推論を確実に行うことができないという問題に対して2つの解決方法が挙げられていた。そこで私は、実際に因果関係を推論する際にどちらを使うべきかという疑問を持ったため、ディスカッションポイントのテーマとした。

 ディスカッションの前提として、レジュメには研究をうまく進めていくためにはどうするべきかと記したが、実際には因果関係を推論するにはどちらの方法を取るべきかを前提として議論を進めていった。まず科学的解決方法を用いたほうが良い側としては、過去ですでに実証されていることだから正しい、同じような理論をさがすなら科学的なものを使用したほうがよい、統計的な解決で自分たちで行うのには限りがあるため不可能である、などの意見が挙げられた。一方で統計的解決方法を用いたほうが良い側としては、自分たちが欲しいと思っているデータを得ることができる、科学的理論を全く同じものとして使うことはできない、過去ではなく今の状況に合わせたデータを得ることができる、などの意見が挙げられた。

 以上のように、科学的解決と統計的解決の良い点と悪い点が挙げられた。ここで私は、ディスカッションを行ったことで、因果関係をより確実に推論できるのは統計的解決ではないかという印象を持った。その一番の理由は、統計的解決を使うことで今の環境にあった最善のデータを得ることができるからだ。科学的解決を行う場合、同質なものを見つけてそれを使うことはできるが、それが現在の因果関係を確実に説明できるわけではない。また、例え同じような理論があったとしても、それを実証した時と今では時代背景が異なるため、本当に現在の因果関係を推論するために使うことはできないだろう。しかし、統計的解決の場合はサンプル数に限界はあるが、自分たちが欲している今の時代にあったデータを得ることができるだろう。

 因果推論を確実に行えないという問題を解決するために、科学的解決と統計的解決のどちらを使うべきなのかについて議論をしたが、どちらにも利点があり一概にどちらを使うべきだということは言えなかった。しかし、今回の議論では、因果関係を確実に推論するにはどちらかというと統計的解決をすべきという意見のほうが強かったのではないかと感じた。また、この統計的解決においてランダムサンプリングを使用することで、独立変数以外の変数を統制することができるだろう。したがって、本章のテーマである他の変数の影響を考慮する上で因果関係の推論を行う重要さというものが理解できたと言える。

やくら (3年)

原因を推論する 第8章 分析の単位、選択のバイアス、観察のユニバース

因果関係を推論する上では分析の単位、選択のバイアス、観察のユニバースを慎重に検討することが重要である。この選択を間違えてしまうと対象にバイアスが生じてしまったり、他の変数を統制できなかったりして、正しく因果関係を推論できない可能性があるからだ。このように正しい因果関係を導き出すためには、数ある共変関係の中から1つの因果関係を見つけなければならない。この共変関係が、バイアスがなく、他の変数も統制され、時代やコンテクストも適しているものかを検討する方法が本書では書かれているのだ。

 このように数ある共変関係は確かに数多く存在する。しかし、第5章で詳しく述べられていた通り、共変関係を確認するのも非常に大変なのである。この共変関係は因果関係が確認されたら無価値になってしまうのか。今まで共変関係について様々な議論がされてきたが、この共変関係というものの価値をゼミ生一人一人はどのように考えているのかを今回のディスカッションテーマとした。

 今回のディスカッションは、価値を問うという難しいものに設定してしまったが故に議論が錯綜してしまった。様々な前提をしっかりと決めるのがベストではあるが、共変関係の価値の指標は人によって違うのではないか、前提を決めると意見が偏ってしまうのではないかと考え、あえてぼんやりとしたテーマにした。意見としては、共変関係の最大の価値は、その因果関係はこの共変関係とは関係ないということが発見されたことであるというものだった。そもそもの目的は、因果関係を推論することである為、この意見に納得する人は多かった。では、因果関係が確認された時点で共変関係の価値は消失してしまうのだろうか。これは意見が2つに割れた。1つ目は、因果関係は確認されなかったかもしれないが世の中は全て因果関係で成り立っているわけではなく、共変関係も様々な場面で使うことができ、価値はあるという意見。一方で、因果関係に成り立たないような共変関係はそこら中に溢れており、使い道が無いため価値はないのではないかという意見もあった。ここでは、使い道という定義をしっかりしなかった為に議論のレイヤーがずれてしまった。また、価値ある派の意見の中でも根拠や信頼性は薄い為、口には出せるが文字には残せないなど、価値の度合いが人それぞれ違うことがうかがえた。

 共変価値の価値は一人一人違うため、決して1つに決められるものではない。また、価値判断というディスカッションにはそぐわない題材を持ってきてしまったが故に、うまく議論は進まなかった。しかし、どのようなデータを使うのか、どの情報を信じ使うのか、今回のディスカッションを経てより情報の信憑性に敏感になったという上では、少しは意味のあるものになったのではないだろうか。

さわだ(3年)

原因を推論する 第5章 共変関係を探る

 因果関係の推論の多くの場合は従属変数の変化や違いが何によって生じたのか、と考えることからスタートする。しかし、因果関係を推論するのは、変化や違いを知るという作業を行った上ではじめて行うことができるのであり、その前提となる変化や違いの存在それ自体を慎重に確認する必要がある。その変化や違いの存在を見ていく手段の1つとして、帰無仮説を用いた検証方法がある。仮説検定の対象となるのは帰無仮説でもし帰無仮説が棄却されれば、対立仮説が支持されることになる。そして棄却するかしないかの際に使うものが有意水準である。有意水準より小さければ帰無仮説は棄却され、逆に大きければ帰無仮説は棄却されない。しかしこの基準は絶対的なものではない。帰無仮説が実際には真であるのに棄却されてしまう(第1種過誤)場合や、逆に帰無仮説が偽であるにもかかわらずそれが真として棄却されない(第2種過誤)場合もある。あくまで今ある論争を終わらせるための1つの手段なのである。

 そこで、仮説検定によってでたデータがどれほど有効的なものかを見ていくために、ゼミを例にディスカッションを行うことにした。前提として、今現在中野ゼミには発言回数が少ないことによって、ゼミが活性化していないという現状がある。その要因として、|暴の発言回数の差学年の発言回数の差の2つがあがってきたとする。データを見る前のゼミ生のイメージでは、〆垢呂覆き∈垢あるとなったが、データを元にカイ2乗検定を行ってみたところ、〆垢ある∈垢ないという結果になった。これらを踏まえた上で、現状を改善するための策を考えていく場合、自分たちのイメージとは乖離している計算結果と自分たちの中のイメージのどちらを元に考えていけばよいのかをディスカッションすることにした。

 データ派の意見としては、データ化されていることから客観的に問題を捉えることができることや、なによりもイメージよりは信憑性があることから、ほぼ確実に問題の原因を解決できるといった意見が多かった。逆にイメージ派の意見としては、今後の改善策を考えていく上で、イメージがあるほうが納得しやすい改善策が出やすく、その改善策を実行する気にもなるということであった。また活性化され、問題が解決した時の達成感も大きいと感じるといった意見も多かった。最初は意見がほぼ半々であったが、議論をしていくうちにデータ派の人が増え、結局最後はデータ派が22人、イメージ派は2人となった。データ派の意見が強くなったのは、少ないとはいえども、ゼミ生約30人の意識を統一しなければなかなか話は進まない。仮説検定の統計ではあるものの、データという1つの指標があるかないかでは大きく変わってくるということであった。

 とはいっても、仮説検定のデータは絶対的なものとは決して言えない。全数調査やそうとは言わないまでも、出来るだけバイアスのかかっていない正確なデータを使うこと、仮説検定よりもきちんとしたデータがあるならばそれを優先的に使うように心がけることが、なによりも大切なのである。あくまで仮説検定によってデータを出すのは、どうしても終わらせなくてはならない論争のときに限るのである。

ふじさわ(3年)

原因を推論する 第6章 原因の時間的先行

 本章P117では、優良企業を説明する際に集めたデータの大半は雑誌や新聞や企業の刊行物からなりもので、ハロー効果で歪められているおそれがある。また、経営者にインタビューをしてもハロー効果に影響されやすい、という。そこで、私たちはチーム研究でインタビューを行う際に、どうすればハロー効果の影響を回避できるかをディスカッションのテーマにした。これだけでは議論がしにくいと考えたので、三つの前提を提示した。一つ目は、インタビューに行く私たちはハロー効果の影響を受けていること。二つ目は、ここでの企業とは○○業界の中で1位のような企業であること。三つ目は、ここでのハロー効果を回避とは、効果を弱めるという意味であること。四つ目は、このディスカッションの目的としてインタビューは、優良企業であるかを明らかにする話しではない。どのようなインタビュー方法をするか、準備をすればハロー効果を回避できるかである。これらを踏まえて議論を行った。
 
 はじめに意見があまりでなかったので、こちらからインタビューに一回だけでなく、複数回行くことを提案した。なぜなら、私たちはハロー効果にかかっているので、一回のインタビューでは経営者からの話しを鵜吞みにしてしまいがちと考えたからである。それに対してフロアからの複数回インタビューを行っても、ハロー効果を受けているから意味がないのではないか、という意見が出た。それに対して、常にインタビュー相手に対して疑問を抱くという意見がでた。複数回行くだけならハロー効果を受けてしまうだけかもしれないが、その都度疑問を抱けば、ハロー効果を回避することができると考えるからである。

 次に、その企業にインタビューするのではなく、同じ業界の2、3位に聞いてみるという意見がでた。その企業に聞くよりは客観的に意見を聞くことができるので、回避することができると考えるからである。回避するという点で、他社に聞くのではなく経営者のトップじゃない人に聞くという意見もでた。例えばトップがいない時に、同じ質問を社員にしたら違う意見が出てくるかもしれないからである。しかし、その企業自体にハロー効果がかかっているので、社員だからといって回避することは難しいという反対意見もあった。

 他の意見として有価証券報告書を事前に見ておき、自分たちで推測したりするという意見があった。これを行うことで自分たちの中で何が本当なのかを考えることができ、すべて鵜吞みにすることはなくなるからである。他にも企業についての情報を集めて年表を作ってみるという意見もでた。事前にその企業について理解しておけば話しを鵜吞みにすることなくなるからである。この意見に付随して、成功の要因を聞くだけでなく、うまくいかない点があったそこも聞いてみる、というのもでた。あえて同じ業界でうまくいっていないところにインタビューし、なぜ対象の企業がうまくいってるかを考察すれば回避できるという意見もあった。
 
 以上のようにハロー効果を弱めるために様々な意見が出て議論を行った。議論を通してハロー効果を回避するためには、インタビュー前の準備が大事である。その企業に対して、何をやっていたか、現在何をしているか、創業から現在までの事実を知ることがハロー効果を回避することにつながると考える。この議論は今後のインタビューだけでなく、卒論や就職活動にまでつながると考え、今後に役立てたい。

よしかわ(3年)

原因を推論する 第3章 観察、説明、理論

 本書では、タイトルにあるように固有名詞を捨てる意味について述べられている。また、本章p.51では、リフォード・ギアツによって提唱された一般化に対する批判について記述されている。クリフォード・ギアツは、現実の社会や歴史を一般化し単純化することへ批判しており、その意味を他者に理解できるように描く分厚い記述の重要性を主張している。つまり、観察対象から固有名詞を排除して、一般的・理論的に説明しようとする試みを批判すべきものとしているのである。

 ここで、対象を人間とした場合に固有名詞をどのくらい重視すべきなのか、疑問に思いディスカッションのテーマとした。この課題を解決するプロセスとしては、まず、ゼミ生全員になぜコミュニケーションができないのかアンケート調査を行う。次に、その結果に基づいて以下の二つからマネジメント方法を考える。仝罵名詞で見る:アンケートに基づいてゼミ長自ら一人一人にアプローチをしていく。 抽象化・単純化して見る:アンケートを抽象化され単純化し、ゼミ生全員に解決策を提示する。さらに、ディスカッションの前提条件として、4点設定した。 ー分自身が30人規模のゼミ長であると仮定する。(期間は1年間) ▲璽濱犬漏Д灰潺絅縫院璽轡腑鵑靴燭い韻匹任てきない状況、またその原因は個人にある。 その人自身の問題が解決されることを目指す。 ぅ▲鵐院璽箸硫鹽項目は一人ひとつとする。

 意見としては、「固有名詞で見る」と考えた人から、ひとりひとりの背景を知ることで根本的に問題を解決することができる。次のゼミ長に引き継いで貰えば1年という期間を考慮する必要がなくなる。個々のコミュニケーションから始めていけば調和が生まれる。などの意見があった。一方で、「抽象化・単純化して見る」と考えた人からは、ゼミ長の負担を軽減することができる。ゼミ全体で共有することでのコミュニケーションが生まれる。1年という期間を考え、短期的に効果の見込める方を選択すべき。などの意見があった。
また、「固有名詞で見る」と「抽象化・単純化して見る」以外の意見としては、そもそもこの解決すべき人物はゼミ長である必要はないのではないか、ゼミ長が他のゼミ生に託すなどの分担を行うなどの意見が見られた。最後に多数決を行ったところ、「固有名詞で見る」が8名、「抽象化・単純化して見る」が16名だった。

 わたし個人の意見としては、対象を人間とした場合に抽象化・単純化する必要はなく、固有名詞で見た方がゼミ生へのアプローチとしては相応しくゼミ生の意見も「固有名詞で見る」が多いのではないかと考えていた。その人ひとりひとりの理解を深めてアプローチを取ることがゼミナールにおいてコミュニケーションの問題を解決することに繋がっていくのではないだろうか。また、今回のディスカッションポイントに中野ゼミという言葉を入れなかったのは、ゼミ長ひとりが必ずしもこの問題を解決する必要はなく、ゼミ生皆がその意識を持つことが大切であるという考えがあったからである。1年という期間が短いため、抽象化・単純化した方が良いという意見もあったが、皆がその意識を持つことで皆1年という期間に制限される必要はない。今後、ゼミ生皆にこのような意識を持ってもらいひとりひとりの理解を深め、積極的にアプローチをして欲しい。

きむら(3年)

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