7月14日 「〈インターネット〉の次に来るものー未来を決める12の法則」 第8章 REMIXING

【要約】
 リミックスするとは、既存のものを組み合わせて新たなものを生み出すということである。さらに、リミックスによって生み出されたものを再びリミックスし、さらに新たなものを生み出すことで、可能な組み合わせは幾何学的に増加していくのであるという。
 そんな中、現代は新しいメディアの黄金期にあるという。これまでは、古い分野のメディア同士を掛け合わせ、新たな分野のメディアを生み出してきた。しかし、時代が進みデジタルテクノロジーが進化したことで、現在は新たなやり方で組み合わせができるようになったのである。それが、リスティクルやTwitterである。メディアの選択肢が増加し、リミックスできる幅が広がったことで、ジャンルやサブジャンルが爆発的に多様化してきたのである。今後、もっと大規模なリミクシングが進んでいくという。
 安価でどこにでもある創造のツールの影響でメディアの非対称な構造が変化してきているという。筆者はこれを動物界と映像界を例に使っている。動物界の象徴はトラだと思われがちである。しかし、統計的に考えるとバッタこそが動物界の王様なのである。それと同様に映像界では、ハリウッド映画が象徴のように思える。しかしながら、実際はYouTubeやインディーズ映画のほうが、リミックスによって製作が簡単になり、われわれの文化の中心(アテンションの総量で評価)になっているのだという。
 伝統的な撮影は、シーンごとに撮影され、山ほどの撮影シーンから1本の映画を組み上げてきた。しかし、技術が進歩し、デジタルテクノロジーでは、画面が流動的に扱えるようになった。そうすることで、映画のシーンはいくらでも変えられるものとなった。シーンは撮られるものではなく、文章のように組み上げられるものとなったのである。ジョージ・ルーカスのスターウォーズもこのようにして作られ、最終的に手を加えられていないコマは一つもなかったという。
 イメージ作成の巨大な集合精神(ハイブマインド=SF世界の言葉、個性や自我が失われた状態、自ら思考することなく、手段生活を営む)で言えば、写真の世界では近いものが起きているという。想像できるものは何でも写っており、探すイメージが無くて困るということがないという。自分の動画や映画に同じようなイメージを使いたいとき、新たに撮影する必要がないという。そこから使いたいイメージを探し出せばよいのである。映画の撮影方法も変わってくるという。しかし、映画が簡単にできるようになっただけでは十分ではないという。真のリテラシーを得るには、イノベーションとテクニックの積み重ねが必要であるという。
 そもそもリテラシーとは、知識を活用して問題を解決することである。文章のリテラシーとは、文章を構文解析して操作するものである。今後は、動画でも同じようなことができるようになるという。そして、視覚的リテラシーとは、映画に出てくるどんなシーンでも注を付けられるようになることである。視覚リテラシーにとっての聖杯(かくことのできないもの)は、発見可能性である。このような発見可能性に加えて、現在メディアの中で起きている革命的な動きと言えば「巻き戻し可能性」である。
 今後、組み替えることこそがイノベーションの唯一の源泉であるという。ただのコピーではなく、オリジナルから何かが変わったということでる。これから30年間で生まれる最も重要な文化的作品は、最もリミックスされたものである。

【ディスカッション】
本章で「スクロールして戻ることが確実になり、深い体験ができるようになれば、未来の生活観が変わるだろう。」とある。私たちはここから、一回しかできないからこそ経験できるものがあるのではないかと考えた。では、中野ゼミでは『やり直し巻き戻し可能性』について肯定なのか、否定なのかを議論していく。
 ディスカッション前は肯定:17人、否定:4人という結果になった。

➀一回しかできないこと、やり直し巻き戻しができることの違いを話し合う。
一回:やり直しができない分緊張感を持つことができる、その時その時を全力で生きる、やり直しや巻き戻しにかける時間を短縮できるということが挙げられた。
やり直し:何回もできる分理解が深まる、一回目とは違った観点から物事を見ることができる、気づかなかったことに気づけるということが挙げられた。

➁上の議論を踏まえた上で、日常的体験(大学生活)がどう変わるのか。
間違いをなくせる、もともと体験しようと思わなかったことも体験しようとするというメリットも出た。しかし、授業の質が落ちる、今を体験する時間が減るというデメリットも挙げられた。

上の議論を踏まえた上で、非日常的体験(旅行)がどう変わるのか。
昔の経験を思い出せる、とりあえず行ってみる、苦手を克服できるというメリットも挙げられた。しかし、同じ場所に行かなくなる、写真を撮らなくなるというデメリットも挙げられた。

 このディスカッションの結果から最終的に肯定:17否定:4となり、中野ゼミは『やり直し巻き戻し可能性』に対して肯定ということになった。肯定側の要因としては、好きな時に使える、思い出を振り返ることができる、理解がより深まるということが大きかったようだ。しかし、今という時間がおろそかになってしまうという懸念もあるということも忘れてはいけない。
筆者が述べているように『やり直し巻き戻し』は不可避である。今後、この流れを受け入れ、活用し、生きていくのだろう。

うすくら(3年)

7月7日 「<インターネット>の次に来るもの−未来を決める12の法則」 第7章 FILTERING

<要約>
 今の時代、大量の新しい作品が毎年創造されている。今はそれが簡単に手首をひねるような仕草で「万物のライブラリー」を手元に呼び出すことができる。また、様々なものでデジタル化は進んでいる。デジタル化によって人間は創造活動を広がっていった。その結果、人生の時間内では確認できない程無限の選択肢が生まれている。それをある程度満足のできるものに限るのがフィルターなのである。フィルターの種類はゲートキーパ、仲介者、キュレーター、ブランド、政府、文化的環境、友人、われわれの8種類がある。しかし今後他にも増えていくだろうとされている。理想のフィルターとしては3つある。1つ目は、自分の好きなものを手元に届けてくれるレコメンド・エンジンと呼ばれるフィルターが存在する。これは自分の過去の行動などにより、おすすめを提示してくれるものである。しかしこれには好きなものだけに限定してしまうフィルターバブル(過剰適合)と呼ばれるもの陥ってしまう可能性がある。これを避けるために自分の好みから少しずらして提示してくれるものもある。2つ目は友人たちによって自分の知らないものを知らせてくれるものである。しかしこれには友人と好みがほぼ同じになってしまうようなエコーチェンバー現象に陥ってしまう可能性がある。3つ目は、好きではないけど好きになりたいものを提示してくれるものである。こうしたフィルターは自分で登録するものではなく、プラットフォーム側がインストールするものである。

 私たちは何をどうフィルタリングするべきかについて初期段階にいる。今後自分たちに合ったもの(パーソナライズ)が進んでいくだろう。しかし、どんなフィルターでも良いものを切り捨ててしまう。フィルターされることによって自分たちの認識できる範囲が限られてしまうのである。毎日無数の選択肢が生まれている中でフィルターは必要であり、変わっていく必要もある。フィルターから今後逃げることは出来ない。

 コンテンツ側から見れば、フィルターは人間の注意に注目している。ハーバート・サイモンは、「潤沢な世界において、唯一の希少性はアテンションである。」という。アテンションについてテレビなどの例を挙げるが、質も高いアテンションと低いアテンションがある。高いものは、そのテレビの情報が購買に繋がったりするようなもの。低いものはただテレビを見ているだけのようなものである。グーグルやフェイスブックはこのような低いアテンションを高いものに変えようとしている。過去の情報から読者が関心を持っていることや、読んでいるものに合わせた情報を提供しているのである。

 フィルタリングの進んだ要因はモノの低廉化のことが言える。低廉化が進み価値が低くなっていく中で本当に価値のあるものとは何なのだろうか。それは経験である。経験とは、人間の雰囲気を感じ取ることなどのことである。つまり機械には代替できない。

 今後われわれが新しいものを作り続ける限り、さらなるフィルタリングは不可避である。新しいもので重要になるのは、フィルタリングやパーソナライズの新しい方法であり、それがわれわれをより自分らしくしてくれる。

<ディスカッション>
 本章で「どんなフィルターでも良いものを切り捨てしまう。」とあるが、それは本当なのか。まず、フィルターはプラットフォーム側が決めたフィルターの利点と欠点を挙げてもらう。次に、自分で理想のフィルターを決めることができたら、どのようなフィルターを作るのか(フィルターの要素)についてアマゾンのレコメンド・エンジンを基に話し合っていく。

〕点
過去の情報から最新作や欲しいようなものを提示してくれるため、探す手間がなくなる。また、おすすめが出てくるので他の人がどのようなものを買っているのか(人気情報)が分かる。関連商品を提示してくれるため、必要なものが分かるなどが挙げられた。

欠点
自分以外の家族などのものを買っても、そのものがお勧めに出てきてしまう。個人に一般的な情報が合わない。頻繁に買わないものでも表示される。欲しそうなものが提示されるため買い過ぎてしまう。自分のサイズに合わないものがお勧めされるなどが挙げられた。

 ,鉢△ら自分で理想のフィルターを作るなら要素をどのようなものにするか議論する。
個人以外の情報について分別してくれる。より自分の入力を増やしカスタマイズを高度にする。表示されるものについて金額でお勧めに表示するしないを決める。(高価な買い物は頻繁に行わない)消耗品について買う頻度や消耗期間を調べ、それに合わせてお勧めに提示してくれる。お勧めについて指標を入れるということが挙げられた。

 このディスカッションの結果から、企業の決めたフィルターには利用者の求めるものが全て含まれているものではない。フィルターは利点もあるが、利用者の私たちからしたら欠点の多いものである。しかしで挙げたように自分たちでフィルターを作ろうとして要素を挙げたものを全て叶えてしまったら、フィルターバブルに陥ってしまう。そのため、私たちのフィルターバブルに陥らない程度にフィルターに必要な要素はより自分の入力項目を増やしサイズや外部要因(家族形成など)をふまえた上で、おすすめの指標によって提示される要素を含めるフィルターが必要であると考えた。

おの(3年)

6月23日 「<インターネット>の次に来るものー未来は決める12の法則」 第6章 SHARING

<要約>
 インターネットの普及により誰もが誰かと常時につながることができ、このグローバルな熱狂によりテクノロジー版社会主義が進行している。ここで書かれている社会主義は、生産手段を持った大衆が共通の目標に向かって働き、プロダクトを共有し、自分の労働を賃金の対価なく提供し、成果物タダで享受している新しい社会主義のことである。新しい社会主義の経済的な側面を「シェアリングエコノミー」と呼んでいる。インターネットの上では国境がなく、コミュニケーションのネットワークが広がりそこから形のないサービスが生み出されている。その生み出されたサービスはシェアされ、共有している。

 サービスを提供する人が無償で働く理由は学んで新しい技能を身につけるためである。サービスだけでなく、適切なテクノロジーによって正当な恩恵を受けることができるようになれば、やがてお金や健康、心の奥底の不安といった共有不可能とされていたもの全てを共有することになると述べられている。シェアの力が謙虚に現れた例として、グーグル、ツイッター、フェイスブックが挙げられている。3社に共通しているのが、利用者のボトムアップの力を利用している点である。しかし、利用者のボトムアップの力だけでは不十分でトップダウンの力も利用したハイブリット型が良いと述べられている。ここではワイアード社とウィキペディアの例で説明されている。2社ともユーザーのボトムアップを利用しているが、自社で編集をした記事を掲載したり、特定のユーザーしか編集できないようにしたりとトップダウンの力も利用してサービスを維持していると述べられている。群衆の力を使うボトムアップのサービスは参入障壁が低くビジネスを始める際には最良の方法であると述べられている。ボトムアップとトップダウンの理想のパワーバランスは、小規模のトップダウンと大規模なボトムアップと述べられている。

 インターネットが普及しデジタル時代になると、ちゃんと評価されなかったり忘れ去られたりしていたものもベストセラーを見つけるのと同じぐらい簡単になると述べられている。オーディエンスこそが王様の時代になったと表現されている。実際に、キックスターターやキバといったサービスが普及し、今まで直接投資したり繋がることができなかったのが、デジタル時代によって可能となり、オーディエンスの力がクリエーターに直接投資するという形で反映されるようになった。クラウドソーシングを使用することでコラボレーションだけでなくコンペティションの力も利用できると述べられている。コンテストの形式をとり、オープンなプラットフォーム上で目的に合ったベストなモノを提供した人に賞金を出すようにすることで、参加者同士でより高め合いが起き、その中で出たベストなモノを提供した一人にだけ賞金を出せばよいので、予め1人に選定し同額の報酬を払うよりも優れたものが手に入ると述べられている。群衆の力を利用したサービスは探究し始めたばかりであり、今後シェアされてこなかったものをシェアし、新しいシェアのやり方を考えることでその価値を増すことができると述べられている。

<ディスカッション>
本章では、シェアリングエコノミーのサービスを提供している企業が事例としてあげられていた。しかし、UberやAirbnbなど日本でものシェアリングエコノミーのサービスが普及しているが、日本ではあまり使用されていなく浸透していない印象を受けた。そこで、C2Cのシェアリングエコノミーのサービスを利用するメリットとデメリットを利用者側の立場からそれぞれ意見を出してもらい、その出てきた意見を考慮した上で、C2Cのシェアリングエコノミーのサービスを利用するのに肯定派か否定派かを議論した。今回、シェアリングエコノミーのサービスを「モノのシェア、移動のシェア、場所(スペース)のシェア、リソースのシェア」の4つに分類して考えてもらった。

➀メリット
既存のモノよりも企業を介さないので安くできる、都合のいい時に使いやすい、所有しなくても使いたい時に使える、サービスの融通が利くので個人的な要望を叶えられるなどが挙げられた。

➁デメリット
企業を介さないので信用性や安全性が不安、直接顧客とやり取りするので、個人情報が流出する恐れがある、価格の設定基準が曖昧、トラブルがあった際の処置が不安などが挙げられた。

➂➀、➁の意見を考慮し、利用するのに肯定的か否定的なのか議論する
シェアリングエコノミーのサービスを利用したくない人の理由として、安全性の面での不安や、周りに利用している人が少ないことでの不安、トラブルに合った際の責任への不安などの主張が挙げられた。一方、シェアリングエコノミーのサービスを利用したい人の理由として、料金を安くできることや使用することへの参入障壁が低く使い始めやすいことなどの主張が挙げられた。しかし、シェアリングエコノミーのサービスを利用するのに肯定的な人否定的な人両方に共通して多かったのが、モノのサービスは使用したいが移動のサービスは使用したくないといった、部分的に使用したいサービスと使用したくないサービスがあるという意見である。全てのシェアリングエコノミーのサービスを利用するのに否定的な人は少数であることが分かった。

 このディスカッションの結果から、シェアリングエコノミーを利用したサービスは、普及初期の段階だと安全面や責任面での不安からシェアリングエコノミーのサービスに対して肯定的な人しか使用しないかもしれないが、使用者が増えていくことで法整備が整っていき安全面での対策などがなされていくと、シェアリングエコノミーのサービスを利用するのに否定的だった人でも、利用していく人たちが徐々に増えていき、利用者が増えることでシェアリングエコノミーの様々なサービスが日本でも普及されていくのではないかと考えた。

のきぐち(3年)

6月16日 「<インターネット>の次に来るものー未来は決める12の法則」 第5章 ACCESSING

<要約> 
 今の時代、「利用するものを所有する」ということが年々少なくなっている。所有することが昔ほど重要ではなくなっている、一方でアクセスすることがかつてないほど重要になってきているのだ。そこで、所有から離れ、アクセスへと向かう長期的な動きを加速させる5つのテクノロジーについて述べられている。 まず、非物質化である。デジタルテクノロジーは、製品からサービスへの移行を促すことで非物質化を加速させる。なぜなら、サービスはそもそも流動的で物質に縛られないからだ。そして、サービスは所有することは気をくじかせる。2つ目が、 リアルタイムのオンデマンドだ。アクセスすることは、新しいものをほぼリアルタイムで届けることにもなる。アクセスすることはレンタルすることと大して変わらない。レンタルが盛んになるのは、多くの用途において、買うより優れているからだ。しかし、レンタルの不利な点として、物理的な製品がライバルとしての性質をもっていることがある。3つ目に、分散化である。中央集権的な組織からフラットなネットワーク型の世界に移行したが、唯一の例外がお金である。そこで、お金を分散化したビットコインというものが生み出され、それを可能にしたイノベーションが「ブロックチェーン」だ。 4つ目にプラットホームの相乗効果がある。これまでは人間の仕事を体系化する第3の方法としてプラットホーム現われた。プラットホームはそのほとんどすべてのレベルでシェアすることがデフォルトとなっている。しかし、所有からアクセスへの移行には犠牲も伴う。所有権によって保持できるのはその利用を変更したりコントロールできる権利だ。この変更する権利は、人気のデジタル・プラットホームに唯一欠けているものだ。最後にクラウドがある。ウェブはハイパーリンクの張られた文書だが、クラウドはハイパーリンクされたデータである。クラウドはそれが大きく成長すればするほど、それを使う端末が小さく薄くなっていくことだ。クラウドがすべての仕事をこなしてくれるので、われわれが使う端末はただそれを見る窓となる。これらテクノロジーの進歩によってコミュニケーションと計算力のコストが下がり続ける限り5つの傾向は不可避である。そして、これらをいっぺんに進めていくとアクセスは所有にとって代わり続けるだろう。

<ディスカッション>
 本書では、「同じものをリアルタイムでレンタルできたりリースできたりライセンスが得られたりシェアできたりするなら、所有する必要はどこにあるだろう?」と言われている。しかし、これは形を持たない商品やサービスについてであって、形ある商品については述べられていなかった。そこで、形ある商品である車を事例に、同じものをリアルタイムでレンタルできたりリースできたりライセンスが得られたりシェアできたりするなら、所有する必要がどこにあるのか、それとも所有する必要はないのかディスカッションを行っていくことにした。手順として、まず、所有とアクセスのメリットを列挙し、そこで挙げられたメリットから車は所有とアクセスのどちらかがいいか議論を行った。

―衢とアクセスのそれぞれのメリット
所有することのメリット
いつでも確実に使える、所有における満足感を得られる、人が使ったものを使いたくない、自分にあったものを制限なく使える。
アクセスすることのメリット
維持費がかからない。安価で利用できる。いろいろなものをお試し感覚で使うことが出来る。
という意見が出た。

⊂綉で挙がったメリットをもとに車を例にとり、車は所有するかアクセスどちらが良いか。
所有派の意見
改造することが出来る。ナンバーへのこだわり。もし何かあったときに資産となる。いつでも自分の好きな車に乗れる。
アクセス派の意見
税金・車検などのコストが減る。こだわりがなければ車があればいい。一台だけだと使い道が限られる。
といった意見が出てきた。
 ゼミ生の結論としては、やはり形あるもの(特に車)に関してはいまだに所有という考えは多くあった。しかし、車にこだわりがなければアクセスでいいなど形ある製品というのもだんだんとアクセスへと向かっていると考えた。

つばき(3年)

6月2日『<インターネット>の次に来るもの―未来を決める12の法則』 第4章 SCREENING

<要約>
 現在、われわれはスクリーンの民である。家にいるときも仕事をするときも街中でも、50億を超えるデジタルスクリーンが私達のすぐ目の前に存在している。しかしこのようなスクリーンに囲まれた世の中になる以前は、本による読み書き文化が発達していた。本によって作り上げてきた文化をスクリーンはいとも簡単に塗り替えてしまった。スクリーンはダイナミックであり、流動的である。また、スクリーンに表示されるものはそれ単体で成立することはなく、他の何かとの間にリンクが相互に張られ、それらはリアルタイムに生成され続ける。そのため、スクリーンには読み終わるという行為が存在しない。このように現在は非常に早いペースでスクリーン化が行われてきているが、こうしたスクリーン化に対する懸念点も存在する。それは、往年の読み書きスキルが死に絶えてしまうということや法律書への敬意が薄れてしまうこと、本や図書館など既存のものがスクリーンによって変容させられてしまうのではないかということが主に挙げられる。

 従来の本というものは、ページの束で、掴めるように背表紙が付いているものであったが、現在はこのような紙を束ねたタイプのものは消滅しつつあり、タブレットやキンドル、スマートフォンなどによって代替されてきている。このようなデジタル本によって、いつでもどんなスクリーンにも流れ込むことができるようになり、現時点での問題点として原テキストの流用可能性が大きいとあるが、将来的には原テキストはすべて解放され、注付けやマーク、相互参照、シェアなどが可能になるとされている。こうしたことから、未来的には今までのすべての本がお互いにリンクされ、すべての本が織り込まれた巨大なメタレベルの本となり、「ユニバーサルな図書館」になるだろう。ユニバーサル図書館ではすべての新聞や雑誌、ジャーナルに書かれたもの、古今東西のあらゆるアーティストが生み出した絵画や写真、映画、音楽、すべてのテレビ番組やラジオ番組、CM、今では消されてしまった何十億のウェブページや何千万のブログポストなど、人間によって記録ということが行われるようになって以来のすべてのものが、全言語で、全人類に向けて解放されるようになるだろう。以前ならばこのようなユニバーサル図書館を作るためには町の図書館ほどの大きさの建物がなくては収容しきれなかったのだが、デジタル化が進んだ数年後の未来には、これらすべてを私達の持つスマートフォンほどの大きさで収まりきるようになるだろう。

 ユニバーサル図書館が実現され、世界中のすべての本がスマートフォンほどの大きさに収まりきった未来に起こるとされることが四点挙げられる。それは、今まで読者がいなかった作品にもリンクによって読者ができるという点、歴史への理解が進むという点、すべての作品が網羅されることによって、今まで知られていなかった集合的無知による空白地を見つけることができるという点、従来の検索プラットフォームとは異なる、文化的な生活のプラットフォームになるという点といった四点である。ユニバーサル図書館に収まらなかった本は、次第に息絶えていく。ユニバーサル図書館にあるものがすべてなのだ。そのため、本とスクリーンの衝突は、スクリーン優位で進んでいくだろう。こうしてスクリーン化が進んでいくと、私達にとってスクリーンはなくてはならない存在となる。私達は常にスクリーンを注視するようになるが、その一方でスクリーンも私達のことを注視するようになるのである。スクリーンは行動のデータベースを記録し、自己像を形成する。そのため、近い将来に私達はスクリーンから離れて暮らすことはできなくなるだろう。生活のすべてにおいて、スクリーンは必要不可欠なものとなっていくのである。


<ディスカッション>
 本書ではブルースター・ケールによって「ユニバーサル図書館は実現できる」と言われている。しかしこのユニバーサル図書館では、すべての新聞や雑誌、ジャーナルに書かれたもの、古今東西のあらゆるアーティストが生み出した絵画や写真、映画、音楽、すべてのテレビ番組やラジオ番組、CM、今では消されてしまった何十億のウェブページや何千万のブログポストもすべて見れなければならない。しかし現状においては、このようなユニバーサル図書館を実現させるためには非常に多くの問題点を抱えていると考えた。そこで、ユニバーサル図書館を実現させるためにはどうすべきかというディスカッションを行っていくことにした。手順として、ユニバーサル図書館を実現させるための問題点を列挙し、次いでその問題点に対しての解決策を列挙し、その後、ここまでに挙がった問題点に対しての解決策を実行することで、ユニバーサル図書館を実現することができるのかということについて議論を行った。

○ユニバーサル図書館を実現させるための問題点とその解決策
 ユニバーサル図書館にある情報には誤りのある情報や、信憑性にかける情報があり、確証性に欠けた図書館になってしまうのではないかという問題点が出た。これに対しては、誤りや信憑性など不確実要素のあるページには、「このページは曖昧である」といった表示を行うことによって、利用者に示すことによって個人の判断に託せばよいという解決策が出た。ユニバーサル図書館にあるすべての情報が正しい情報ではなくてもよいということである。次に、すべての本などアナログのものをデジタル化するのは誰が行うのかという問題点が出た。これに対しては、利用者参加型にすればよいという解決策が出た。すべてのページを全年齢が見てもよいのだろうかという問題点が出た。これに対しては、利用時に自身の年齢情報などを入力することで年齢制限にようにフィルターをかければよいという解決策が出た。CDや本などは、著者によってはウェブ上に載せたくない人もいるため、そのような著者の作品まで含めたすべてを補うことはできないのではないかという問題点が出た。この問題点を解決することは現状不可能であるということとなった。

問題点と解決策を要約すると以下の通りである。
・情報の信憑性がないものはどうするのか
 →信憑性のないページには「このページは曖昧である」と表示する
・誰が本などのデジタル化の問題を行うのか
 →利用者が行えるようにする
・すべてのページを全年齢が見てもよいのか
 →利用時に情報入力することでフィルターをかける
・著者がデジタル化を拒否した場合どうするのか
 →現状不可能

○これらの解決策を実行することで、ユニバーサル図書館を実現することができるのか
 現状ではユニバーサル図書館の実現に向けてリードしてくれる企業や国際機関が存在しておらず、このような機関が誕生したとしても、著者による反対や知られたくない情報なども一定数存在し続けるため、すべてを揃えるという「ユニバーサルな」図書館を実現することは難しいのではないかという結論に至った。

きたはら(3年)



5月26日『<インターネット>の次に来るもの―未来を決める12の法則』 第3章 FLOWING

<要約>
 インターネットにおける「コピー」とは、情報の流れである。それは言葉のコピーのみならず、音楽や映画や本などさまざまなものに当てはまる。インターネットに触れているものはコピーできるものはすべて容易にコピーすることができる。そして誰かしらにコピーされ、歯止めが利かなくなっている。コピーとは不可避なものなのである。こうしたコピーが世に蔓延ってしまっている現在、私達が実際に手に触れられるような物理的な品々から、手に触れることのできないコピーのようなものへと流れに変化が生じている。このような流れになったのは、コンピューター化の三段階層があったためである。まず、第一の時代として「デスクトップ」・「フォルダー」・「ファイル」など、オフィスのものをそのまま模倣して作られた。第二の時代としては、オフィスの模倣からウェブへと変化したことである。「ファイル」から「ページ」となり、「フォルダー」ではなく「ウェブ」、「デスクトップ」ではなく「ブラウザ」となった。このようにコンピューターは進化してきているが、いまでは更に新たなものへと移行しつつある。現在は流れとストリーミングとクラウドである。このような時代の流れによって、私達人間はものごとをすぐに知りたくなっていった。リアルタイムを求めるようになったのである。何事にも同時性を要求するようになったのである。
 
 このような流れによって今ある様々なものが淘汰されていく。音楽、文章、絵、映像、ゲーム、ウェブサイトなどこれらすべてが無料でコピーされていくことで、売れなくなってしまう。この状況を回避するためには、コピーできないモノを売る必要がある。例として、ブランドなどである。ブランドは無料のものと同質のものでありながら、消費者はお金を払う。このようなに無料でに入るものにお金をかけたがる理由として「生成的な価値」というものがあり、生成的な価値には「無料より良い」と感じることのできる八つの要素がある。それは、即時性・パーソナライズ・解釈・信頼性・アクセス可能性・実体化・支援者・発見可能性といった八つである。

 しかし、固定のものがなくなるわけではない。固定的な優れたものはチップが埋め込まれてデジタルの性質を獲得する。こうした液化した流れがつぎつぎと花が開いて、引き算というより足し算の現象になる。固定から流動の変化は、変化することで選択肢が増えていく。<流れること>を最大にするために、プロの作品であろうが、ただ消費するのでなく、リアクションを起こすことが当たり前の返信のやり方になる。まだ液化してない日常の仕事やインフラはいずれ液化し、流動化する。非物質化と脱成熟化へ向かう巨大な傾向が意味するのは、さらなる流れは不可避になる。

<ディスカッション>
 本書より「人々は無料でも手に入るものになぜお金を払うのか」とあるが、第一段階として、実際に無料でも手に入るのにお金を払うモノは何かを挙げてもらった。その後、なぜそのモノにお金を出して買うのか理由を挙げてもらった。第二段階として、挙げてもらった理由の中から筆者が文中で挙げていた「8つの生成的なもの」のどの項目にあてはまるかをみんなで検討してもらった。そして、自分たちが挙げたモノの中ではどの項目が「無料でも手に入るものになぜお金を払う」ことに大きな影響を与えているのか検討してもらった。第四段階として、もし第二段階で「八つの生成的なもの」にあてはまらない理由が存在した場合、それにはどのような特徴が挙げられるのか新たに考えてもらった。

❶ 無料でも手に入るのにお金を払うモノとお金を払ってしまう理由 ❷「8つの生成的なもの」のどの項目にあてはまるか
・lineのスタンプ ずっと自分のものになるから  ´↓
・オンラインニュース 自分に合った内容 
・アプリの課金 ゲームをより楽しむ ´
・家具の組立委託 専門の人にやってもらった方が安心できるから 
・旅行代理店 自分ではできなく、面倒くさいから ´
・スポーツ観戦  その場の雰囲気が特別なものだから ↓
・DVDレンタル 早く見たいから    ,覆

*「8つの生成的なもの」
‖┿性 ▲僉璽愁淵薀ぅ此´2鮗瓠´た頼性 ゥ▲セス可能性 実体化 Щ抉膽圈´発見可能性

❸ どの項目が「無料でも手に入るものになぜお金を払う」ことに大きな影響を与えているのか
 挙げてもらった理由の中で、一番大きな影響を与えているのは、▲僉璽愁淵薀ぅ困任△襪海箸分かった。やはり、自分中心で、自分にとって使いやすいモノには無料でもお金をだしてしまうという意見が出た。

❹ 「八つの生成的なもの」以外の新たな項目
  私たちが挙げたモノで多くは「質が良い」「利便性がよい」があるためにお金を出している、といった意見も多く挙げられていた。そのため、「無料でも手に入るものになぜお金を払う」理由の「八つの生成的なもの」の8つの項目以外にも新たに「質」「利便性」という項目も追加してもよいのではといった提案も出てきた

・ディスカッションの課題
本書の固定から流動化へ移行しているところから離れた例が出ていたので、しっかり本文に沿うようなモノ(流動化へ変化しつつあるモノ)にしっかり定めていれば、もっと質の良い議論ができたのではないか。

ほそだ(3年)

5月12日『<インターネット>の次に来るもの―未来を決める12の法則』 第2章 COGNIFYING

<要約>
 COGNIFYINGとは、日本語に訳すと「認知化する」という意味になり、ものごとをより賢くするということである。今、なんの知能もないモノに少し有用な知能を組み込むというコグニファイを行うことで、AIと呼ばれる人工知能が普及しており、我々の生活に破壊的な変革をもたらしている。
 しかし、数年前までAIの未来の展望が開けないまま研究資金が底をついてしまい、「AIの冬」ろいう言葉まで作られてしまう。ここで60年かかったAIへの扉を解き放ったのが、^族舛癖体鷏彁鮫▲咼奪哀如璽伸アルゴリズムの改良の3つのブレークスルーである。こうしたテクノロジーのトレンドが続く限りAIはますます進化し続け、ネットワーク効果が生まれる。ネットワーク効果とはネットワークの規模が拡大されるにつれて、その価値はそれ以上に速く増大する法則のことである。これは我々の生活に深く関わってくる。
 本章を通して、ケリー(2016)はAI、人間性の再定義を問いかけている。AIの再定義は今までされておらず、ここでは自分が何者であるかを知るためにAIが必要であると定義している。この、AIの到来による最大の恩恵は、それが人間性を定義することを手助けしてくれることである、ともしている。

 人間とロボットの関係としては、
/祐屬できるが、ロボットの方が上手にできる仕事
⊃祐屬砲呂任ないが、ロボットが出来る仕事
2罅垢想像もしなかった仕事
い泙此⊃祐屬砲靴できない仕事
の4つに分担されていた。
これらはマシンとの競争ではなく、マシンと共同して行う競争であるとケリー(2016)はしている。

<ディスカッション>
 「.謄ストp.67より「AIの到来による最大の恩恵は、それが人間性を定義することを手助けしてくれることである」とあったため、人間にしかできない仕事(=人間性)とは何かを話し合い、↓,馬辰傾腓辰燭海箸鬚發箸法⊃祐屬AIが仕事を共同して行っていく中で、人間性を維持しつつ仕事を行っていくためにはどうすればよいか」というディスカッションポイントでディスカッションを行った。

/祐屬靴できない仕事(=人間性)
初めは具体的な職業名から挙げてもらった。 ※カッコ内は理由
・スポーツ選手(ハプニングがないとおもしろくない/人間がやるからこそ意味があるため)
・俳優(人間の感情が関わってくるため)
・美容師(ロボットが行う場合、設定されたままの髪型になってしまう可能性があるため)
・産婦人科医(子供の出産に立ち会ってくれるのは情のある人間の方が良いため)
・管理職(人を管理するのは人がよいため)

上記で挙がった職業を総体的に一般化すると、
・感情が関わる仕事   ・人対人の仕事 
・ロボットがしていたら嫌だと感じる仕事
・感情移入が必要な仕事 ・新しい仕事を創り出す仕事
といったものにまとまった。

⊂綉のディスカッションで挙がった、「美容師」という職業を軸に、人間とAIが共同して仕事を行っていく中で、人間が人間性を維持しつつ仕事を行っていくためにはどうすればよいか。
まず人間(=美容師)がやるべきことを挙げてもらった。 ※カッコ内は理由
・シャンプー(人間がその人に対して臨機応変に対応しなければならないため)
・カット(自分の意思を伝えて、情のある人間に切ってもらう方が良いため)
・客と会話をする/出来上がった髪型を褒める(感情が関わってくるため)

次にロボットがやっても良いことを挙げてもらった。 ※カッコ内は理由
・会計(同じ作業のため)
・カラー(薬を配合するのは人間でなくてもできる)

 以上のことから人間性を維持しつつ仕事を行っていくためには、人間が新しく創り出すという仕事・感情が関わる仕事を人間が行うことで、人間性を維持し仕事を行うことができるという結果になった。
 今回のディスカッションでは、初めのディスカッションポイントにあった「人間とAI」の共同ではなく、「人間とロボット」の共同の話に論点が変わってしまったことが失敗であった。

これからAIができるようになる仕事が増え、今人間が行っている仕事が奪われる未来もそう遠くはない。
ディスカッションではAIと共同するための話はできなかったが、ケリー(2016)が述べるように人間が人間性を維持しながらAIと共同する道を考えなければならない。もしかしたら人間がこの予想される未来をコグニファイすることが初めの一歩なのかもしれない。

いいむら(3年)

4月21日 『<インターネット>の次に来るもの - 未来を決める12の法則』 はじめに/1章BECOMING


<はじめに 要約>
 本書では、今後30年を形作ることになる12の不可避なテクノロジーの力について述べられている。およそ30年前にコンピュータと電話がつながれることで、コンピュータの時代が幕を開けた。最初は社会の中で見向きもされなかったコンピュータだったが、一躍グローバル化した現代社会の中心へと躍り出た。その中で、多くのヒーローが生まれては死んでいった。注目すべきことは、この歴史的な流れが現在も健在で、かつ進化し続けていることだ。
 すべては変化している。“なっていく”プロセスの途中にある。そこで、今後30年のトレンドを形成するであろう12の連続した行動を各章に1つ当てはめ、近い未来に向かう方向を示すことが本書の役目である。

<1章 要約>
 われわれは何かに”なっていく“ことに気づきにくい。もしくは気がつかない。しかし、すべては”なっていく“プロセスの途中である。現在のプロセスがあって未来が生まれる。ならば、われわれは現在の変化に気づかなくてはならない。
 現在のインターネットは、30年前にその時代が幕を開けてからというもの、大きな発展を遂げた。その発展の度合いは、われわれがそこに新たな革新をもたらすことは不可能ではないかと感じさせるほどだ。しかし、インターネットは始まったばかりである。まさにインターネットも“なっていく”プロセスの途中なのだ。30年前では存在を信じなかった世界が現在広がっているように、30年後にも、現在想像もつかないような今とは別でそれを超えるものが生まれているはずである。
 目の前にはまだまだ広大なフロンティアが広がっている。われわれは皆“なっていく”。人間の歴史の中でこれほど始めるのに最高のときはない。まだ遅くないのだ。
 
<ディスカッション>
 今回の輪読が、今年度最初の輪読であった。新2年生も今回より本格的にゼミ活動に参加していく中で、できるだけ多くのゼミ生が議論に参加できることを前提に議論テーマを選出した。1章, p32より「フェイスブックやユーチューブ、インスタグラムやツイッターの中のコンテンツはすべて、これらの運営会社ではなく、その利用者が創造したものだ。」とあった。つまり、利用者である私たちがコンテンツを作り上げていることになる。しかし、私たち(ゼミ生)は、コンテンツを創造するようなアクションを実際問題起こしているかということについて議論を行った。
 発表者側の不確かな方向性のために良い議論はまったくできなかった。しかし、この議論で得られた唯一の気づきが核心をつく気づきになったのではないかと思う。その唯一の気づきとは、利用者であるゼミ生たちにとって、自分のアクションがコンテンツを形成しているという実感をあまり持っていないことだ。しかし、私たちのアクションの1つ1つは、どんなに小さくても、必ずコンテンツを形成していることは間違いない。これらのことから結論付けられることは、全てのものが“なっていく”ように、私たちのアクションも知らず知らずに何かを形成するプロセスになっているということである。気づいていないが、トレンドを生んでいるのではないかということだ。
 また、この結論はもう1つ私たちに気づきを示している。それは本書の示すメッセージに気づくことだ。上記に記した結論のように、私たちは、意外と何かに気づいてアクションを起こしているわけではない。本書で言いたいことは、そういった私たちが「見えない」と思っていることに気づこうということなのだ。「見えない」とはそもそも「見ていない」のだ。そうではなく、もっと変化に気づくことへのアンテナを張ることが、今後30年へとつながるフロンティアを開拓していくことになるのだというメッセージを本書は示している。

ちば(3年) 

 

1月20日『経営戦略の思考法』 17章(最終章)

<要約>
 組織には戦略的ミスにもかかわらず、なかなか中断・撤退の決断ができないという状況や、ミスが明らかになったにもかかわらずさらに追加資源投入がなされていく組織の戦略的暴走は企業経営にとっても学問的にとっても解明すべき謎である。戦略的な暴走が起こる理由としては、未来は常に不確実であり100%失敗するかどうか分からない不確実な状況下に常にいるからである。
 しかしながら、暴走か英断かは5分5分の判断ではなく「深い思考」によって70%、80%の確信までもっていくこともできる。徹底的にメカニズムを解明していく深い思考を展開し、少しでも未来を見ようとする努力を重ねることで、よりよく経営をしていこうと思う意思が組織の暴走を減らすカギとなる。また、コア人材がそのような思考を展開する知的力量とエネルギーとコミットメントを持つことが、戦略的ミスを永続させない組織の基盤を形成するのである。

<ディスカッション・ポイント>
客観的に見ている人々からは「失敗」であると「わかって」いるプロジェクトに、長期的にわたって経営資源が投入され続けるという「組織の暴走」があることを学んだ。また、組織は常に英断か暴走かの判断をせまられており、組織の構成員はそれを適切に判断し意思決定をしなければならない。そして、本章で学んだ英断・暴走の判断を、中野ゼミナールの意思決定で実際に行う。
私達は、現状の中野ゼミナールの問題を解決するために、ゼミナールのタスクやディスカッションの発言回数、後輩の指導などすべてにノルマを導入し管理するという新たな政策を考えた。そして、この新政策は中野ゼミナールという組織において「英断」か「暴走」かという判断をゼミ生で行うのが今回のディスカッションテーマである。
 この政策が「暴走」だと判断するゼミ生の意見としては、
・根本的な問題が解決できていない
・ノルマだけクリアすればいいというモチベーションの低下
・その場しのぎの解決だけで長期的な目線ではゼミやゼミの成長を見据えていない
・主体性が欠如してしまう
・自分の指導担当の後輩しか見なくなってしまう
等があげられ、半数以上のゼミ生がこの政策を「暴走」だと判断した・
 一方で、「英断」だと判断したゼミ生の意見としては、
・個々人のモチベーションの差を縮めることができる
・発言回数に最低回数を設けることで、現状よりかはディスカッションが活性化する
・後輩へのコミットメントの差を埋めることができる
といった意見が出てきた。
 ゼミ生の結論としては、ノルマの導入は「暴走」だと判断された。先生からのフィードバックでは、過去にゼミでノルマを導入した際の発言の質の低下の事例があげられ、ノルマの導入はゼミナールの長期的な成長においては「暴走」だということが判明した。同時に、ノルマの導入で現状よりかは改善される点も多くディスカッション内で挙げられたため、これからの後輩たちがゼミナールを運営していく上での課題も露呈したディスカッションといえるだろう。

さとう(4年)

1月20日『経営戦略の思考法』第16章

 この章の一番の議題は選択と集中についてである。今の日本では、長期雇用や、創発戦略を重視するせいで、だらしない多角化などが増えることによって、結果的に選択と集中がうまくいってない現状である。しかし、実際に企業は多様性という言葉や、同質的な集団は良くないと言って、それをそのまま経営にも用いる結果、問題が生じてしまう。これは実際に集中せよという命題と矛盾している。多様性を重視すると、分散投資につながり、戦略の視点から見たあるべき姿から実態を遠ざけることになる。また逆にナンド型フラッシュメモリーに、集中投資した例で考えると、多様性を減らす組織運営になり、経営資源を有していない企業は、何かに集中しなければ競争相手より優位なポジションにはつけない。世の中の企業が多様性を強調した分散投資をおこなったら、それらの企業は同じ分野に多角化して、同じような技術分野をカバーし、同じ多角化企業になる。経営者、産業政策に携わる人にとって、どのレベルの多様性を優先するのかというバランス判断は深刻である。仮に企業が全て総合企業になってしまったら、経営資源で決まる。つまり、業界トップのリーダーが勝ち続けることになる。よって、二位以下の企業は少ない経営資源を特定の技術分野、事業分野に集中しなければならない。大事なのは、いざという時に適切な選択肢に集中かつ柔軟性を組織が維持することである。経営上の深刻な問題として、多様性を許容する組織運営と、いざというときに集中できる柔軟性はときとして矛盾してしまうことである。それは危機感の認識のズレにつながり、硬直的な組織になってしまう。それを解決するために、組織内のミドルが経営戦略に関するリテラシーを高く保有するのと、ミドルの間で危機感を共有するのとが挙げられていた。

 ディスカッションは、総合電機メーカーにターゲットを絞り、二位企業のSONYが、リーダー企業の日立を越すためにどのように選択と集中を行なっていくべきか、というテーマで行った。最初に反省点から。対象企業として、若干ミスがあった。SONYと日立が事業があまり被っていないことや、情報量の少なさから意見を言う人が偏ってしまった。理想として、東芝に事例を変えたら、より良いディスカッションなったと思う。
 内容としては、モバイルコミュニケーションは、Xperiaをより売っていくことや、ゲーム&ネットワークサービスは、ゲーム事業は日立にないため狙って行きやすいことや、プレステが強いこと、またこれからVR市場が大きいことなどを挙げていた。ホームエンタテイメント&サウンドとしては、イヤホン事業として、より強くなる、ミュージックをよりシェアを広げていくこと、テレビは今4kテレビが来ているために、より布教させることなどが挙げられていた。その中で、SONYはもうすでに選択と集中をかなりやってきた企業ではあるが、これから更にやっていくとしたら、私はVRという未来の市場に投資して、リーダー企業として牽引していくのが一番可能性があると考えた。

えぞえ(3年)

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