7月14日 「〈インターネット〉の次に来るものー未来を決める12の法則」 第8章 REMIXING

【要約】
 リミックスするとは、既存のものを組み合わせて新たなものを生み出すということである。さらに、リミックスによって生み出されたものを再びリミックスし、さらに新たなものを生み出すことで、可能な組み合わせは幾何学的に増加していくのであるという。
 そんな中、現代は新しいメディアの黄金期にあるという。これまでは、古い分野のメディア同士を掛け合わせ、新たな分野のメディアを生み出してきた。しかし、時代が進みデジタルテクノロジーが進化したことで、現在は新たなやり方で組み合わせができるようになったのである。それが、リスティクルやTwitterである。メディアの選択肢が増加し、リミックスできる幅が広がったことで、ジャンルやサブジャンルが爆発的に多様化してきたのである。今後、もっと大規模なリミクシングが進んでいくという。
 安価でどこにでもある創造のツールの影響でメディアの非対称な構造が変化してきているという。筆者はこれを動物界と映像界を例に使っている。動物界の象徴はトラだと思われがちである。しかし、統計的に考えるとバッタこそが動物界の王様なのである。それと同様に映像界では、ハリウッド映画が象徴のように思える。しかしながら、実際はYouTubeやインディーズ映画のほうが、リミックスによって製作が簡単になり、われわれの文化の中心(アテンションの総量で評価)になっているのだという。
 伝統的な撮影は、シーンごとに撮影され、山ほどの撮影シーンから1本の映画を組み上げてきた。しかし、技術が進歩し、デジタルテクノロジーでは、画面が流動的に扱えるようになった。そうすることで、映画のシーンはいくらでも変えられるものとなった。シーンは撮られるものではなく、文章のように組み上げられるものとなったのである。ジョージ・ルーカスのスターウォーズもこのようにして作られ、最終的に手を加えられていないコマは一つもなかったという。
 イメージ作成の巨大な集合精神(ハイブマインド=SF世界の言葉、個性や自我が失われた状態、自ら思考することなく、手段生活を営む)で言えば、写真の世界では近いものが起きているという。想像できるものは何でも写っており、探すイメージが無くて困るということがないという。自分の動画や映画に同じようなイメージを使いたいとき、新たに撮影する必要がないという。そこから使いたいイメージを探し出せばよいのである。映画の撮影方法も変わってくるという。しかし、映画が簡単にできるようになっただけでは十分ではないという。真のリテラシーを得るには、イノベーションとテクニックの積み重ねが必要であるという。
 そもそもリテラシーとは、知識を活用して問題を解決することである。文章のリテラシーとは、文章を構文解析して操作するものである。今後は、動画でも同じようなことができるようになるという。そして、視覚的リテラシーとは、映画に出てくるどんなシーンでも注を付けられるようになることである。視覚リテラシーにとっての聖杯(かくことのできないもの)は、発見可能性である。このような発見可能性に加えて、現在メディアの中で起きている革命的な動きと言えば「巻き戻し可能性」である。
 今後、組み替えることこそがイノベーションの唯一の源泉であるという。ただのコピーではなく、オリジナルから何かが変わったということでる。これから30年間で生まれる最も重要な文化的作品は、最もリミックスされたものである。

【ディスカッション】
本章で「スクロールして戻ることが確実になり、深い体験ができるようになれば、未来の生活観が変わるだろう。」とある。私たちはここから、一回しかできないからこそ経験できるものがあるのではないかと考えた。では、中野ゼミでは『やり直し巻き戻し可能性』について肯定なのか、否定なのかを議論していく。
 ディスカッション前は肯定:17人、否定:4人という結果になった。

➀一回しかできないこと、やり直し巻き戻しができることの違いを話し合う。
一回:やり直しができない分緊張感を持つことができる、その時その時を全力で生きる、やり直しや巻き戻しにかける時間を短縮できるということが挙げられた。
やり直し:何回もできる分理解が深まる、一回目とは違った観点から物事を見ることができる、気づかなかったことに気づけるということが挙げられた。

➁上の議論を踏まえた上で、日常的体験(大学生活)がどう変わるのか。
間違いをなくせる、もともと体験しようと思わなかったことも体験しようとするというメリットも出た。しかし、授業の質が落ちる、今を体験する時間が減るというデメリットも挙げられた。

上の議論を踏まえた上で、非日常的体験(旅行)がどう変わるのか。
昔の経験を思い出せる、とりあえず行ってみる、苦手を克服できるというメリットも挙げられた。しかし、同じ場所に行かなくなる、写真を撮らなくなるというデメリットも挙げられた。

 このディスカッションの結果から最終的に肯定:17否定:4となり、中野ゼミは『やり直し巻き戻し可能性』に対して肯定ということになった。肯定側の要因としては、好きな時に使える、思い出を振り返ることができる、理解がより深まるということが大きかったようだ。しかし、今という時間がおろそかになってしまうという懸念もあるということも忘れてはいけない。
筆者が述べているように『やり直し巻き戻し』は不可避である。今後、この流れを受け入れ、活用し、生きていくのだろう。

うすくら(3年)

7月7日 「<インターネット>の次に来るもの−未来を決める12の法則」 第7章 FILTERING

<要約>
 今の時代、大量の新しい作品が毎年創造されている。今はそれが簡単に手首をひねるような仕草で「万物のライブラリー」を手元に呼び出すことができる。また、様々なものでデジタル化は進んでいる。デジタル化によって人間は創造活動を広がっていった。その結果、人生の時間内では確認できない程無限の選択肢が生まれている。それをある程度満足のできるものに限るのがフィルターなのである。フィルターの種類はゲートキーパ、仲介者、キュレーター、ブランド、政府、文化的環境、友人、われわれの8種類がある。しかし今後他にも増えていくだろうとされている。理想のフィルターとしては3つある。1つ目は、自分の好きなものを手元に届けてくれるレコメンド・エンジンと呼ばれるフィルターが存在する。これは自分の過去の行動などにより、おすすめを提示してくれるものである。しかしこれには好きなものだけに限定してしまうフィルターバブル(過剰適合)と呼ばれるもの陥ってしまう可能性がある。これを避けるために自分の好みから少しずらして提示してくれるものもある。2つ目は友人たちによって自分の知らないものを知らせてくれるものである。しかしこれには友人と好みがほぼ同じになってしまうようなエコーチェンバー現象に陥ってしまう可能性がある。3つ目は、好きではないけど好きになりたいものを提示してくれるものである。こうしたフィルターは自分で登録するものではなく、プラットフォーム側がインストールするものである。

 私たちは何をどうフィルタリングするべきかについて初期段階にいる。今後自分たちに合ったもの(パーソナライズ)が進んでいくだろう。しかし、どんなフィルターでも良いものを切り捨ててしまう。フィルターされることによって自分たちの認識できる範囲が限られてしまうのである。毎日無数の選択肢が生まれている中でフィルターは必要であり、変わっていく必要もある。フィルターから今後逃げることは出来ない。

 コンテンツ側から見れば、フィルターは人間の注意に注目している。ハーバート・サイモンは、「潤沢な世界において、唯一の希少性はアテンションである。」という。アテンションについてテレビなどの例を挙げるが、質も高いアテンションと低いアテンションがある。高いものは、そのテレビの情報が購買に繋がったりするようなもの。低いものはただテレビを見ているだけのようなものである。グーグルやフェイスブックはこのような低いアテンションを高いものに変えようとしている。過去の情報から読者が関心を持っていることや、読んでいるものに合わせた情報を提供しているのである。

 フィルタリングの進んだ要因はモノの低廉化のことが言える。低廉化が進み価値が低くなっていく中で本当に価値のあるものとは何なのだろうか。それは経験である。経験とは、人間の雰囲気を感じ取ることなどのことである。つまり機械には代替できない。

 今後われわれが新しいものを作り続ける限り、さらなるフィルタリングは不可避である。新しいもので重要になるのは、フィルタリングやパーソナライズの新しい方法であり、それがわれわれをより自分らしくしてくれる。

<ディスカッション>
 本章で「どんなフィルターでも良いものを切り捨てしまう。」とあるが、それは本当なのか。まず、フィルターはプラットフォーム側が決めたフィルターの利点と欠点を挙げてもらう。次に、自分で理想のフィルターを決めることができたら、どのようなフィルターを作るのか(フィルターの要素)についてアマゾンのレコメンド・エンジンを基に話し合っていく。

〕点
過去の情報から最新作や欲しいようなものを提示してくれるため、探す手間がなくなる。また、おすすめが出てくるので他の人がどのようなものを買っているのか(人気情報)が分かる。関連商品を提示してくれるため、必要なものが分かるなどが挙げられた。

欠点
自分以外の家族などのものを買っても、そのものがお勧めに出てきてしまう。個人に一般的な情報が合わない。頻繁に買わないものでも表示される。欲しそうなものが提示されるため買い過ぎてしまう。自分のサイズに合わないものがお勧めされるなどが挙げられた。

 ,鉢△ら自分で理想のフィルターを作るなら要素をどのようなものにするか議論する。
個人以外の情報について分別してくれる。より自分の入力を増やしカスタマイズを高度にする。表示されるものについて金額でお勧めに表示するしないを決める。(高価な買い物は頻繁に行わない)消耗品について買う頻度や消耗期間を調べ、それに合わせてお勧めに提示してくれる。お勧めについて指標を入れるということが挙げられた。

 このディスカッションの結果から、企業の決めたフィルターには利用者の求めるものが全て含まれているものではない。フィルターは利点もあるが、利用者の私たちからしたら欠点の多いものである。しかしで挙げたように自分たちでフィルターを作ろうとして要素を挙げたものを全て叶えてしまったら、フィルターバブルに陥ってしまう。そのため、私たちのフィルターバブルに陥らない程度にフィルターに必要な要素はより自分の入力項目を増やしサイズや外部要因(家族形成など)をふまえた上で、おすすめの指標によって提示される要素を含めるフィルターが必要であると考えた。

おの(3年)

6月23日 「<インターネット>の次に来るものー未来は決める12の法則」 第6章 SHARING

<要約>
 インターネットの普及により誰もが誰かと常時につながることができ、このグローバルな熱狂によりテクノロジー版社会主義が進行している。ここで書かれている社会主義は、生産手段を持った大衆が共通の目標に向かって働き、プロダクトを共有し、自分の労働を賃金の対価なく提供し、成果物タダで享受している新しい社会主義のことである。新しい社会主義の経済的な側面を「シェアリングエコノミー」と呼んでいる。インターネットの上では国境がなく、コミュニケーションのネットワークが広がりそこから形のないサービスが生み出されている。その生み出されたサービスはシェアされ、共有している。

 サービスを提供する人が無償で働く理由は学んで新しい技能を身につけるためである。サービスだけでなく、適切なテクノロジーによって正当な恩恵を受けることができるようになれば、やがてお金や健康、心の奥底の不安といった共有不可能とされていたもの全てを共有することになると述べられている。シェアの力が謙虚に現れた例として、グーグル、ツイッター、フェイスブックが挙げられている。3社に共通しているのが、利用者のボトムアップの力を利用している点である。しかし、利用者のボトムアップの力だけでは不十分でトップダウンの力も利用したハイブリット型が良いと述べられている。ここではワイアード社とウィキペディアの例で説明されている。2社ともユーザーのボトムアップを利用しているが、自社で編集をした記事を掲載したり、特定のユーザーしか編集できないようにしたりとトップダウンの力も利用してサービスを維持していると述べられている。群衆の力を使うボトムアップのサービスは参入障壁が低くビジネスを始める際には最良の方法であると述べられている。ボトムアップとトップダウンの理想のパワーバランスは、小規模のトップダウンと大規模なボトムアップと述べられている。

 インターネットが普及しデジタル時代になると、ちゃんと評価されなかったり忘れ去られたりしていたものもベストセラーを見つけるのと同じぐらい簡単になると述べられている。オーディエンスこそが王様の時代になったと表現されている。実際に、キックスターターやキバといったサービスが普及し、今まで直接投資したり繋がることができなかったのが、デジタル時代によって可能となり、オーディエンスの力がクリエーターに直接投資するという形で反映されるようになった。クラウドソーシングを使用することでコラボレーションだけでなくコンペティションの力も利用できると述べられている。コンテストの形式をとり、オープンなプラットフォーム上で目的に合ったベストなモノを提供した人に賞金を出すようにすることで、参加者同士でより高め合いが起き、その中で出たベストなモノを提供した一人にだけ賞金を出せばよいので、予め1人に選定し同額の報酬を払うよりも優れたものが手に入ると述べられている。群衆の力を利用したサービスは探究し始めたばかりであり、今後シェアされてこなかったものをシェアし、新しいシェアのやり方を考えることでその価値を増すことができると述べられている。

<ディスカッション>
本章では、シェアリングエコノミーのサービスを提供している企業が事例としてあげられていた。しかし、UberやAirbnbなど日本でものシェアリングエコノミーのサービスが普及しているが、日本ではあまり使用されていなく浸透していない印象を受けた。そこで、C2Cのシェアリングエコノミーのサービスを利用するメリットとデメリットを利用者側の立場からそれぞれ意見を出してもらい、その出てきた意見を考慮した上で、C2Cのシェアリングエコノミーのサービスを利用するのに肯定派か否定派かを議論した。今回、シェアリングエコノミーのサービスを「モノのシェア、移動のシェア、場所(スペース)のシェア、リソースのシェア」の4つに分類して考えてもらった。

➀メリット
既存のモノよりも企業を介さないので安くできる、都合のいい時に使いやすい、所有しなくても使いたい時に使える、サービスの融通が利くので個人的な要望を叶えられるなどが挙げられた。

➁デメリット
企業を介さないので信用性や安全性が不安、直接顧客とやり取りするので、個人情報が流出する恐れがある、価格の設定基準が曖昧、トラブルがあった際の処置が不安などが挙げられた。

➂➀、➁の意見を考慮し、利用するのに肯定的か否定的なのか議論する
シェアリングエコノミーのサービスを利用したくない人の理由として、安全性の面での不安や、周りに利用している人が少ないことでの不安、トラブルに合った際の責任への不安などの主張が挙げられた。一方、シェアリングエコノミーのサービスを利用したい人の理由として、料金を安くできることや使用することへの参入障壁が低く使い始めやすいことなどの主張が挙げられた。しかし、シェアリングエコノミーのサービスを利用するのに肯定的な人否定的な人両方に共通して多かったのが、モノのサービスは使用したいが移動のサービスは使用したくないといった、部分的に使用したいサービスと使用したくないサービスがあるという意見である。全てのシェアリングエコノミーのサービスを利用するのに否定的な人は少数であることが分かった。

 このディスカッションの結果から、シェアリングエコノミーを利用したサービスは、普及初期の段階だと安全面や責任面での不安からシェアリングエコノミーのサービスに対して肯定的な人しか使用しないかもしれないが、使用者が増えていくことで法整備が整っていき安全面での対策などがなされていくと、シェアリングエコノミーのサービスを利用するのに否定的だった人でも、利用していく人たちが徐々に増えていき、利用者が増えることでシェアリングエコノミーの様々なサービスが日本でも普及されていくのではないかと考えた。

のきぐち(3年)

6月16日 「<インターネット>の次に来るものー未来は決める12の法則」 第5章 ACCESSING

<要約> 
 今の時代、「利用するものを所有する」ということが年々少なくなっている。所有することが昔ほど重要ではなくなっている、一方でアクセスすることがかつてないほど重要になってきているのだ。そこで、所有から離れ、アクセスへと向かう長期的な動きを加速させる5つのテクノロジーについて述べられている。 まず、非物質化である。デジタルテクノロジーは、製品からサービスへの移行を促すことで非物質化を加速させる。なぜなら、サービスはそもそも流動的で物質に縛られないからだ。そして、サービスは所有することは気をくじかせる。2つ目が、 リアルタイムのオンデマンドだ。アクセスすることは、新しいものをほぼリアルタイムで届けることにもなる。アクセスすることはレンタルすることと大して変わらない。レンタルが盛んになるのは、多くの用途において、買うより優れているからだ。しかし、レンタルの不利な点として、物理的な製品がライバルとしての性質をもっていることがある。3つ目に、分散化である。中央集権的な組織からフラットなネットワーク型の世界に移行したが、唯一の例外がお金である。そこで、お金を分散化したビットコインというものが生み出され、それを可能にしたイノベーションが「ブロックチェーン」だ。 4つ目にプラットホームの相乗効果がある。これまでは人間の仕事を体系化する第3の方法としてプラットホーム現われた。プラットホームはそのほとんどすべてのレベルでシェアすることがデフォルトとなっている。しかし、所有からアクセスへの移行には犠牲も伴う。所有権によって保持できるのはその利用を変更したりコントロールできる権利だ。この変更する権利は、人気のデジタル・プラットホームに唯一欠けているものだ。最後にクラウドがある。ウェブはハイパーリンクの張られた文書だが、クラウドはハイパーリンクされたデータである。クラウドはそれが大きく成長すればするほど、それを使う端末が小さく薄くなっていくことだ。クラウドがすべての仕事をこなしてくれるので、われわれが使う端末はただそれを見る窓となる。これらテクノロジーの進歩によってコミュニケーションと計算力のコストが下がり続ける限り5つの傾向は不可避である。そして、これらをいっぺんに進めていくとアクセスは所有にとって代わり続けるだろう。

<ディスカッション>
 本書では、「同じものをリアルタイムでレンタルできたりリースできたりライセンスが得られたりシェアできたりするなら、所有する必要はどこにあるだろう?」と言われている。しかし、これは形を持たない商品やサービスについてであって、形ある商品については述べられていなかった。そこで、形ある商品である車を事例に、同じものをリアルタイムでレンタルできたりリースできたりライセンスが得られたりシェアできたりするなら、所有する必要がどこにあるのか、それとも所有する必要はないのかディスカッションを行っていくことにした。手順として、まず、所有とアクセスのメリットを列挙し、そこで挙げられたメリットから車は所有とアクセスのどちらかがいいか議論を行った。

―衢とアクセスのそれぞれのメリット
所有することのメリット
いつでも確実に使える、所有における満足感を得られる、人が使ったものを使いたくない、自分にあったものを制限なく使える。
アクセスすることのメリット
維持費がかからない。安価で利用できる。いろいろなものをお試し感覚で使うことが出来る。
という意見が出た。

⊂綉で挙がったメリットをもとに車を例にとり、車は所有するかアクセスどちらが良いか。
所有派の意見
改造することが出来る。ナンバーへのこだわり。もし何かあったときに資産となる。いつでも自分の好きな車に乗れる。
アクセス派の意見
税金・車検などのコストが減る。こだわりがなければ車があればいい。一台だけだと使い道が限られる。
といった意見が出てきた。
 ゼミ生の結論としては、やはり形あるもの(特に車)に関してはいまだに所有という考えは多くあった。しかし、車にこだわりがなければアクセスでいいなど形ある製品というのもだんだんとアクセスへと向かっていると考えた。

つばき(3年)

6月2日『<インターネット>の次に来るもの―未来を決める12の法則』 第4章 SCREENING

<要約>
 現在、われわれはスクリーンの民である。家にいるときも仕事をするときも街中でも、50億を超えるデジタルスクリーンが私達のすぐ目の前に存在している。しかしこのようなスクリーンに囲まれた世の中になる以前は、本による読み書き文化が発達していた。本によって作り上げてきた文化をスクリーンはいとも簡単に塗り替えてしまった。スクリーンはダイナミックであり、流動的である。また、スクリーンに表示されるものはそれ単体で成立することはなく、他の何かとの間にリンクが相互に張られ、それらはリアルタイムに生成され続ける。そのため、スクリーンには読み終わるという行為が存在しない。このように現在は非常に早いペースでスクリーン化が行われてきているが、こうしたスクリーン化に対する懸念点も存在する。それは、往年の読み書きスキルが死に絶えてしまうということや法律書への敬意が薄れてしまうこと、本や図書館など既存のものがスクリーンによって変容させられてしまうのではないかということが主に挙げられる。

 従来の本というものは、ページの束で、掴めるように背表紙が付いているものであったが、現在はこのような紙を束ねたタイプのものは消滅しつつあり、タブレットやキンドル、スマートフォンなどによって代替されてきている。このようなデジタル本によって、いつでもどんなスクリーンにも流れ込むことができるようになり、現時点での問題点として原テキストの流用可能性が大きいとあるが、将来的には原テキストはすべて解放され、注付けやマーク、相互参照、シェアなどが可能になるとされている。こうしたことから、未来的には今までのすべての本がお互いにリンクされ、すべての本が織り込まれた巨大なメタレベルの本となり、「ユニバーサルな図書館」になるだろう。ユニバーサル図書館ではすべての新聞や雑誌、ジャーナルに書かれたもの、古今東西のあらゆるアーティストが生み出した絵画や写真、映画、音楽、すべてのテレビ番組やラジオ番組、CM、今では消されてしまった何十億のウェブページや何千万のブログポストなど、人間によって記録ということが行われるようになって以来のすべてのものが、全言語で、全人類に向けて解放されるようになるだろう。以前ならばこのようなユニバーサル図書館を作るためには町の図書館ほどの大きさの建物がなくては収容しきれなかったのだが、デジタル化が進んだ数年後の未来には、これらすべてを私達の持つスマートフォンほどの大きさで収まりきるようになるだろう。

 ユニバーサル図書館が実現され、世界中のすべての本がスマートフォンほどの大きさに収まりきった未来に起こるとされることが四点挙げられる。それは、今まで読者がいなかった作品にもリンクによって読者ができるという点、歴史への理解が進むという点、すべての作品が網羅されることによって、今まで知られていなかった集合的無知による空白地を見つけることができるという点、従来の検索プラットフォームとは異なる、文化的な生活のプラットフォームになるという点といった四点である。ユニバーサル図書館に収まらなかった本は、次第に息絶えていく。ユニバーサル図書館にあるものがすべてなのだ。そのため、本とスクリーンの衝突は、スクリーン優位で進んでいくだろう。こうしてスクリーン化が進んでいくと、私達にとってスクリーンはなくてはならない存在となる。私達は常にスクリーンを注視するようになるが、その一方でスクリーンも私達のことを注視するようになるのである。スクリーンは行動のデータベースを記録し、自己像を形成する。そのため、近い将来に私達はスクリーンから離れて暮らすことはできなくなるだろう。生活のすべてにおいて、スクリーンは必要不可欠なものとなっていくのである。


<ディスカッション>
 本書ではブルースター・ケールによって「ユニバーサル図書館は実現できる」と言われている。しかしこのユニバーサル図書館では、すべての新聞や雑誌、ジャーナルに書かれたもの、古今東西のあらゆるアーティストが生み出した絵画や写真、映画、音楽、すべてのテレビ番組やラジオ番組、CM、今では消されてしまった何十億のウェブページや何千万のブログポストもすべて見れなければならない。しかし現状においては、このようなユニバーサル図書館を実現させるためには非常に多くの問題点を抱えていると考えた。そこで、ユニバーサル図書館を実現させるためにはどうすべきかというディスカッションを行っていくことにした。手順として、ユニバーサル図書館を実現させるための問題点を列挙し、次いでその問題点に対しての解決策を列挙し、その後、ここまでに挙がった問題点に対しての解決策を実行することで、ユニバーサル図書館を実現することができるのかということについて議論を行った。

○ユニバーサル図書館を実現させるための問題点とその解決策
 ユニバーサル図書館にある情報には誤りのある情報や、信憑性にかける情報があり、確証性に欠けた図書館になってしまうのではないかという問題点が出た。これに対しては、誤りや信憑性など不確実要素のあるページには、「このページは曖昧である」といった表示を行うことによって、利用者に示すことによって個人の判断に託せばよいという解決策が出た。ユニバーサル図書館にあるすべての情報が正しい情報ではなくてもよいということである。次に、すべての本などアナログのものをデジタル化するのは誰が行うのかという問題点が出た。これに対しては、利用者参加型にすればよいという解決策が出た。すべてのページを全年齢が見てもよいのだろうかという問題点が出た。これに対しては、利用時に自身の年齢情報などを入力することで年齢制限にようにフィルターをかければよいという解決策が出た。CDや本などは、著者によってはウェブ上に載せたくない人もいるため、そのような著者の作品まで含めたすべてを補うことはできないのではないかという問題点が出た。この問題点を解決することは現状不可能であるということとなった。

問題点と解決策を要約すると以下の通りである。
・情報の信憑性がないものはどうするのか
 →信憑性のないページには「このページは曖昧である」と表示する
・誰が本などのデジタル化の問題を行うのか
 →利用者が行えるようにする
・すべてのページを全年齢が見てもよいのか
 →利用時に情報入力することでフィルターをかける
・著者がデジタル化を拒否した場合どうするのか
 →現状不可能

○これらの解決策を実行することで、ユニバーサル図書館を実現することができるのか
 現状ではユニバーサル図書館の実現に向けてリードしてくれる企業や国際機関が存在しておらず、このような機関が誕生したとしても、著者による反対や知られたくない情報なども一定数存在し続けるため、すべてを揃えるという「ユニバーサルな」図書館を実現することは難しいのではないかという結論に至った。

きたはら(3年)



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